2012.5.17.thu 「元気です」
晴れ。5月らしい気候。しかし、体が怠くてしんどい時期。
そうやって日記に書くから、人に心配をかけてしまう。「ハタオ元気です」今は、みんな同じように疲れの出る時期のようでして。気持ちが負けないように、共に乗り切りましょう。と、声かけてみたり。
夜に雷雨。しばらく、激しく降っていた。
2012.5.16.wed 「スーダラ ソーイング」
晴れ。いい天気。それなのに、外に出たのは洗濯とゴミ出しだけ。
個展の準備もすべきなのだけど、同じぐらいの時期に二つの展示に参加することになっていて、ひとつ、ひとつせねばと、自分に言い聞かせる。ひとつは、長野安曇野のバナナムーンのTシャツ展、もうひとつは、新潟長岡市のmu-anで行う企画展にブックロアとして参加する。どちらのギャラリーも個展や朗読会をさせていただいた繋がりで、何かある時に誘ってくださることが嬉しい。
ということで、締め切りの早いTシャツ展の制作から行うことにする。Tシャツ展というからには、土台となるTシャツが必要で、相方にTシャツの注文等のことを質問すると「自分でつくったら」の言葉。何言ってんのと、聞きながしてもよかったのだけど、手元にある布で作ることにした。まずは家にある服を紙に乗せて型紙をつくる。型紙を布に乗せてザクザク切る。切った布を一度適当に仮縫いして、着る事が出来るのを確認してGO。うまい事いきますようにと祈りながら、大胆にミシンを走らせる。
一応、洋裁をならったこともあるが、課題に追われるばかりで、恥ずかしい話だけど何も習得できていない。昔は父のように細かい部分も正確にしたいと言う人だったけど、今は目指す形をイメージしながら母のようにスパッとハサミを入れて、よしと気合いを入れてミシンを走らせる。天からの力を頂くようなスイスイ スーダラ ソーイング。我が母がしてくれたように、いつか自分のこどもの服を縫ったりしたいと考えたこともある。未だ実現はしていないのだけど、これをきっかけに調子に乗って、なんやかんやとしてみるのもいいなと思う。もちろん、心に隙間ができてからの話だけど。
2012.5.15.tue 「空に届け」
雨。葵祭は順延で明日に行われるとのこと。
空を見上げてはなしかける。手紙を綴るように、気持ちを届けるように。「今日も私は幸せです」。優しい返事が静かな雨となって心に染み込む。穏やかに、穏やかに。
帰りの電車では冷房がかかりはじめた。どうしよう、いやや。気持ちが完全に負けている。とにかく、体と心を守るために冷房対策を強化せねば。
2012.5.14.mon 「大丈夫」
晴れ。明日は葵祭りで雨かもしれない。
仕事が終わって家につくと、座り込んでしまう。この時期から体がつらい。最近は、歳のせいかもと考えてしまう。負けてはいけない。大丈夫、大丈夫とダラダラしながら自分を励ます。
2012.5.13.sun 「感謝の日」
晴れ。風はつめたい。
今日は母の日。朝、駅前の花屋の店先には、カーネーション、バラ、紫陽花とたくさんの花が並んでいた。仕事帰りの遅い時間でもあいていて、花束を作っている様子が見える。どこかの誰かが、お母さんへ感謝の気持ちを込めて頼んだのだと思うと、心の真ん中がぽっとあたたかくなる。
私は結婚するまで、母の日や父の日、そして誕生日も、あまり意識していなかった。でも、主人が家族とのことを大事にすることに影響されて、感謝の日や御祝いの日を大切にしたいと思うようになった。お母さんに感謝を込めて花を贈ることにした。最近、花屋に毎月いくようになって、季節の花を見るのが楽しい。何がいいかなと悩んで、今年はテッセンの鉢植えを選んだ。今の季節の花で、いろんな種類がある。地植えにして来年も咲くというのに惹かれた。誰かを思って花を選ぶということに幸せを感じる。そんな時間を頂けることに、また感謝があふれる。お母さん、ありがとう。
2012.5.12.sat 「心の隙間」
曇り、晴れ。そして、今日も肌寒い。
休みの日はいつもより遅く起きてしまう。昼から用事があると、なんだか慌ただしい。朝ごはん、掃除、洗濯、昼ごはん、そして、今日は鍼灸院を予約していたから、バタバタと家を飛び出す。帰り道、買い物をしてから家について、しばらく何をしていたのか思い出せない。そのうちに晩ごはんをつくる時間。
休みの日でも、何かとしている。でも、せねば、せねばと思っている訳ではなく、したいと思ってすることができたら充実した気分になる。と言いつつ、個展のことは進んでおらず。心の隙間がなかなかできないことにため息をつく。
2012.5.11.fri 「金ちゃん」
曇り。なんだか冷える。五月に寒の戻りがあることは珍しくなくても、ニュースを見ていて竜巻やひょうが降った地域のことを知ると、自然が人間に伝えたいことがある意思表示に感じてならない。“共に”の軸がずれてきたことへの、もの言いなのかもと思ってしまう。今、私たちは立ち止まって考え直すことが、たく
さんあるのだろう。そのために、知るべきこともあるのだろう。
先日、撮ってきた我が姪っ子ちゃんたちの写真の中に、甥っ子くんが寝転んで手足をバタバタとしている動画がある。小さな体から湧き出るような力強い動きを見て、気持ちが和んで顔もほころぶ。どの写真も好きなのだけど、金太郎の「金」と大きく書いた前掛けをつけて愛らしく手足を動かす様子を「金ちゃん」と名付けて、たびたび見ている。今、一番のお気に入り。
2012.5.10.thu 「笑顔を思って」
晴れ。外の風はつめたく、電車の中の風も冷たい。いつもながら、何から判断して、誰を基準に温度を設定しているのだろうと考えてしまう。
星ヶ丘に集うみんなにとって大切な方がお亡くなりになったことを知る。私はたくさんお話した訳ではないけど、水曜日のギャラリー当番の時に、畑でとれた野菜を持って裏の喫茶に向うのを挨拶をして見送った。お顔をくしゃっとさせてニッコリ頭を下げてくださるのがうれしかった。曲がった腰でも力強く歩く背中を見て、元気をもらった。
仕事の帰りに花を買う。白い花。ホワイトレースフラワーの少し変わった品種。にっこり笑ったお顔をその花に思い、私の心もふわっとあたたかくなる。優しい気持ちをいただいたことに感謝。心より、ありがとうございます。
2012.5.09.mon 「優先」
朝は曇り。昼から雨が降ったり晴れたりと、京都は変な天気。
旅の疲れか、行きの電車でぼんやりドロドロ睡魔に襲われる。今日の夜はしっかり眠れますように。朝から、そんなことを思う。
仕事やなんやかんやでバタバタとする日々。しっかり個展のことをせねば。今、出来ることをがんばろう。よし、がんばろう。がんばろう、がんばろうと言って、目がしょぼしょぼになって寝ることに。体優先になっているこの頃。体調を崩しては、元も子もないということで。
2012.5.08.tue 「またも、おばばか」
晴れ。茨城に一泊して、そのまま水戸のおじいちゃんに会いに行く。
昨日、今日と、主人の兄妹のお子さん、つまり姪っ子ちゃん、甥っ子ちゃんを眺める日々。自分もいつかと思っているから、いいなと思う気持ちもあるが、友人知人の子どもよりも興味深く感じるのが不思議でならない。主人はともかく、私は血がつながっていないというのに「おばばか」まるだしで何枚も撮ってしまった。年末年始に生まれた三人の赤ちゃんたち。じっとみているだけの私を見て、ちびっこたちは飽きてしまうだろうに、それでもニヤニヤと眺めてしまう。二歳の姪っ子ちゃんも、すくすく育っていて、次に会う時にはどんなになっているのだろうと楽しみで仕方ない。子供たちの確かな命がくれる力というのは偉大だと改めて思う。
2012.5.07.mon 「大切にしたい 」
朝5時半ごろに家を出て新大阪に向う。法事のため、横須賀経由で茨城へ。天気はいいが朝早いからか肌寒い。いつもの完全防備ではない畏まった格好で、冷えたらどうしようと少し不安も。
法要の後の食事の際に、おじさん夫婦の金婚式の御祝いをする。結婚50周年。簡単には口に出来ない50年という月日。私が結婚50年を迎える年齢は85か86歳。山越え谷超え、あんな坂こんな坂、夫婦ふたりで二人三脚。元気で笑って金婚式を迎えられるというのは素晴らしい。私たちも金を目指して二人でがんばろう。後48年、どんな日々が待ってるんやろね。笑って、泣いて、また笑って、長い道のり互いに互いをどんな風に思っていくんやろね。なんとも言えないものでつながれていくんかな。
十七回忌法要の後の御祝いだったから、みんないろんな思いを巡らせていたのだと思う。でも、どちらも人が人に心を寄せるおこない。法要もお祝いも、とても自然で気持ちよく感じた。「今」という時を大切にしたい、心からそう思う一日だった。
2012.5.06.sun 「47歳」
曇り。黄金週間最後の日。
ん? 何日か前に購入した次の定期を見ていたら、あることに気がつく。ん?
47歳? 私は今、37歳。今年で考えても38歳。どうして、そんな大きな入力間違いをしたのだろうか。それとも機械が間違えたんじゃないの。と、そんな訳ないだろうことを考える。47歳、10年後、私はどんな風になっているのだろうか。子どもはいるのだろうか、何か仕事はしているのだろうか、朗読会や個展を続けて行っているのだろうか、今とは違う何かをしているのだろうか。考えては見るが大きな変化は思いつかない。
それならと10年前を思い出す。27歳、今の仕事をし始めて一年は経っていた。永井さんとの出会いがきっかけで、ものづくりもしていた。主人とは知り合いだったが、好きとかなんとかという感情は全くなかった。まさか自分が誰かと結婚するなんて思いもしない頃で、実家で家族と住んでいた。そして、その後、28歳でSEWING GALLERYに関わり、結婚につながった。27歳の私にとって想像もしない10年だった言える。好い10年だったと思う。これからの10年も、一歩、一歩の歩みの先。とにかく元気で、主人も元気で、日々を丁寧に誠実に暮らしていきたいと思う。
47歳の私、聞いてますか?そんな感じでどうでしょう。ぼちぼち、ゆっくり、目の前のことに気持ちを注ぎながら、そこまでいこうと思います。私自身、自分に正直に生きていきたい。それは、いつでもかわりません。「好きな人に好きだと言える人でありたい、大切な人にありがとうと言える人になりたい」10年経っても、その思いはかわらないと信じています。そうありたいと心から思っています。
いろいろ考えるきっかけになったとは言え、間違えて入力をしてしまった自分は本当にそそっかしい。大変な失敗を起こさないよう、慎重に気をつけなければ。
2012.5.05.sat 「好いテンキの日」
晴れ。それ洗濯だ。やれ床拭きだ。積み上がった毛布もぐるんとあらって、掃除機をわぁっと引っ張りまわす。そんな一日のはじまりに、ナニワイバラがみっつ咲いて、蕾がふたつ。咲いてくれて、ありがとう。
今日はウクレレレッスン、練習があまりできなかったから不安でいっぱい。次回の発表会こそ、私は参加できないという思いもよぎる。今、大切にしたいことを考える。あれも、これもになっている自分。それでいいのだろうか。
レッスンはやはり湯気もうもう。練習しなきゃ、どうにもならないような曲を教わる。仲間と笑って演奏できる日がまたくるのだろうか。でも、それでも、なんでも、みんなで共に奏でたい。共に感じる喜びを知ってしまったから。みんなが大好きだから。
10年ぐらい眺めて来た大きな木の下に寝っ転がった。空に伸びる枝枝は、手を腕を大きく広げ、身も心も任せたらいいのだと言ってくれているように思った。ウクレレのレッスンが終わり、えみさんと七夕の打ち合わせを終えてから、整体に詳しい方が私の冷えを心配して冷えた足や腕に触れてくださった。「こんなに冷えて、かたくなって、かわいそうに」と私の体に声をかけてくださる。私は、自分の体に対して見て見ぬふりをするように、もう少し、まだ大丈夫とやってきた。まわりのみんなだって、がんばってるんだからと、人と人が比較できないことだってわかっているのに、そんなことを思って励ましてきた。それが、私じゃない人に、私が目を逸らそうとしてきたことを見抜かれて涙がでた。ごめんなさい。ごめんなさいと言いたくても声もでない。私の体に謝りたくて涙がでた。
足と手と背中に触れてくださって「また再来週ね」と、その方は笑顔で帰っていった。私はひとりになって、御座に寝転がって空を見た。栴檀の枝は静かに伸びていた。ただ静かに伸びていた。
手元に一冊の本を託される。ああ、私のところに来てくれたんだと、すごく自然に受けいれることができた。言葉にしたくてもできないもやもやは、知っているふりをも出来ない現実だから。それでも、今を生きている私にとって目をそらしてはいけないことを綴った本。自分の手元に大切に置いておくのではなく、人から人に渡ることを願い託してくださった。私は、この本を読み考え、何か言葉を差して次の方に渡したいと思う。そして、また、私に託してくださった方の元にめぐりめぐって届くことがあるならば、私に伝えてくださった感謝の気持ちとなるのかもしれない。今を生きているからこそ知るべきことがある。今を生きているからこそ考えるべきことがある。それは自分や誰かだけではなく「共に」でありたい。『福島から あなたへ』今、私の心に届きました。
好い天気の日に、これからのことを考えて、たまたま人に話した。そしたら、また、たまたまそんな話がころころと心のど真ん中に転がってきた。お月さんが、まんまるで綺麗な日。今日という日のことをしっかりと気持ちの真ん中で受け止めたい。好い風がふっと通り抜けるのを感じた好いテンキの一日に感謝。
今日という日に、ありがとう。
2012.5.04.fri 「今はない」
曇り、雨。
昨日は憲法記念日で、今日はみどりの日。そして、明日はこどもの日。ゴールデンウイークなんてまとめていうと、なんの休日か忘れてしまう。はっきり言ってゴールデンな大型連休をゆっくり過ごしたことがないから、そんなことを考えるのかもしれない。とにかく、今日も忙しかった。
個展のことをする前に、部屋の片隅のワイン箱と板で作った机の上を整理する。片付けては散らかっての繰り返し。整理したってゴミも出ないのだから、また何かを取り出しては散らかってしまうのはわかっている。あと、気になるのは冬もの服。ゆっくり落ち着いて片付けたいのにできていない。今、自分に必要なのは心のゆとりかもしれない。そう思ってから、そのことばかり考えている。でも今を受け入れて、自分の決めたことに気持ちを注ぐこと。私がそうすると決めたのだから。よし、やるぞ。頑張れ私。明日が休みだと不思議と力が出る。いつもより遅くまで起きていてもいいからだろう。人に迷惑をかけないこと、仕事に支障が出ないことを最優先に考えている。昔のように仕事の前の日に徹夜をする勇気はない。10年前、恩師の「寝ずに頑張れ」真に受けて実践していた頃が懐かしい。そんな体力は今はない。
深く呼吸して、逆立ちでもしてみようか。ていうか、できるんやろか。
2012.5.03.thu
曇り。雨はふらない。
さすがゴールデンウイークという忙しさ。帰りの電車でぐったり目を閉じる。
2012.5.02.wed 「めぐみのいろ」
雨。昨日の夜は風が強かった。
今日は布を染めをさせていただく日。朝早くから出かける。今回染めるのは個展のための素材で、まずは色のテストからする。もちろん理想の色はあるのだけど、今日という日に巡り会う色を楽しみにしようと考えていた。でも、想像以上に植物の力は無限の可能性を持っている。ある程度、目指す色の配合をきめた方がいいということで、草木に相談しながら鍋に泳ぐ布を眺める。
今度の作品の素材を染めたいと考えたのは、先日の染め体験がきっかけ。理想の色にしたいからではなく、むしろ頭で考えている色にはならないということに惹かれた。その時だからこそにうまれる色であったり、自分の気持ちが紡ぎ出すものを大切にしたい。「共に」や「ぬくもり」や「朗らか」を思い描きならか、草木からいただく恵みの力をお借りしたいと思った。
朝、10時半に伺い、終わったのは夜の8時ごろ。お力を貸してくださり、お忙しい中、長い時間お付き合いくださった、太陽のような方に心から感謝したします。
その方の家に咲いていた満開のハトヤイバラがとても、やさしく、あたたかく見惚れてしまった。そして、今朝、うちのナニワイバラも一輪咲いていた。言葉はいらない強さや優しさ、確かな命が教えてくれる感謝の日。
2012.5.01.tue 「これから
」
曇り。気持ちいい風。ついに5月。表の通りから聞こえるメーデーの声にあわせて右手をあげる。
また夢を見た。出先で正装に着替えようと持ってきた服を出すと短いスカートがでてきた。間違えた。足の冷えを気にしながら、恐る恐る履く。そんな夢。
昨日は鍼灸で、最初にくらべて足元が温かくなってきていると言ってもらう。血流もよくなってきてるよう。それでも、これからの電車や職場の冷房地獄が怖くて仕方ない。気持ちがまだ温まっていないのだろう。「勇気をもつこと、自信をもつこと、臆病にならぬこと」。結局、私自身の気持ちの問題。時間がかかってもいい、無理はしたくない。
それでも今日は足元があたたかかった気がする。厚着をしてたし、忙しかったし、空調はついていなかったからかもしれない。自分の体に半信半疑。まだまだ、これから。
2012.4.30.mon 「満面の笑みで」
曇り、雨。ゴールデンウィーク3日目も忙しい。
京都で働いていると、芸能人やミュージシャンが来店されることも、たまにある。もちろん気づいていても、そんな素振りは見せない。そして、私は特に騒がないし興奮しない。おかしいのだろうかとも思うが、十年近く前からテレビに興味がなかったからだと自分で解釈している。じゃ誰が来たら興奮するだろうと考えると、家族、親族、友人、知人がきてくれたほうが嬉しいし、心が舞い上がる。永井さんも何度か来てくれて、座った席も覚えている。私の家族は緊張するからと来たことはない。いつかきてほしいとは思うけど、無理強いはしたくない。主人は結婚する前はよく来てくれていた。思い出すと懐かしい。
私の心を踊らせてくれる知人、友人の皆様。サインや握手は求めませんので、ふらりと京都に来てください。満面の笑みで、お迎えいたします。やっぱり、知らない芸能人より、知ってる好きな人たちがきてくれる方がリアルに嬉しい。皆様、お待ちしています。
2012.4.29.sun 「ストン」
晴れ。ゴールデンウィーク二日目。今日も暑くなりそう。
「あっそっか。そうやったんや」ということが、ストンと気持ちにおりて来た。今まで、考えていた事と遠からず同じなのにの、ストン。
結婚してから子供が欲しいというか、ご縁があれば授かりたいと思っていた。そうは言っても簡単なことではないし、あまり口にしなかった。でも、今日の朝に降りてきたことで気持ちが軽くなった。そうか、あっそうかと気づいたことがある。私はお母さんになりたいんやということ。そう思うと「子供」への思いが、気持ちにすっと馴染んでおちついた。「欲しい」というと、手を伸ばして待っているように感じる。でも「なりたい」というと、歩みながら前に向かっていく気がする。どっちゃでもいいやんと思われるかもしれない。でも、私にとって心地よい考え方にたどり着いたように思う。
喫茶室に元気なあの人が来てくれるかもしれない。朝から楽しみにしてた。さすがのゴールデンウィークなので午後から混み合い、今日は無理かなと思った頃に「畑尾さん」と呼ぶ声。お顔を見て、わぁと仕事を忘れたいぐらい嬉しくなった。そう、私を番長と呼ぶ沼津のあの人、岩崎有加さん
。京都に遊びにきていて、会いにきてくださった。嬉しい。いつか、ゆっくりお話したいなと思う人。9月には大阪で展示をされるようで、実現する日も近々ありそう。永井さんから頂いたご縁に感謝。有加さんにお会いできて本当にうれしかった。ありがとうございます。
2012.4.28.sat 「たった、これだけ」
晴れ。暑い。毛布を洗濯しようと思って二枚を抱えて階段を降りると、一段か二段飛ばしで落ちてしまう。怪我はしなかたが、しばらく体が痛い。
恥ずかしい話だが、私が作ったことのある料理の何百倍ものレシピを持っている。なん千かもしれない。つまり、料理の本を買うのが好きなくせに作っていないということ。もちろん作りたいなという気持ちがあるので買ったのだけど、活用していないからよくない。仕事の日の晩御飯は、ありがたいことに主人がつくってくれている。私は自分が休みの日の朝、昼、晩と担当。でも、出来る時にはするのだけど、用事があって出来ない日もあるから、ほとんどしていなくて、先日のようにお客様を招いて作るというのも大切なこと。
最近は参考にする本も決まってきたから、その中で作ったものに付箋をつけてみた。結構あるやんと思ったが、本を購入しての年単位で考えると「たった、これだけ」と言ってしまうような数。それも、同じ食材で違う調理方法をみているようで、なんと言ったらいいのやら。主人のように自己流で手早く、ぴゃぴゃっと出来ればいいのだけど。そんなことを思いつつ、6冊ほどの本にしるしを入れた。これから付箋だらけになるか、見なくても、ちゃちゃっとできるようになるか。日々積み重ね、できる時には、なんなりしていくことにしよう。
そう思って、今日は早くご飯を食べたから、明日のために筍をつかって春巻の準備をすることに。夜についでがあって買い物に出かけ、メモを見ながらネギと椎茸とエビを買って帰る。さぁつくろうと思ったら、あれがない。一番大事な春巻の皮を買ってくるのを忘れてしまった。なんでこうなるんやろと、ひとりでつっこみながら、出来ることだけ、途中までの準備となった。
2012.4.27.fri 「心の友」
晴れ。いい天気。
島根に住む友達からメールが届く。ちょくちょく会える訳でもなく、メールや手紙のやりとりが、あるわけでもない。でも、彼女は私の心の友達。今回もらったメールも多くを語らなくても通じる心強さ。嬉しくて涙がでそうになった。ほんまに、ありがとう。
2012.4.26.thu 「エールを送る」
曇り。いつ雨が降っても、おかしくない天気。足の痛みは和らいでいる。
今日一日、何を考えていただろうかと寝る前に思い返す。仕事中、足が痛くなりませんようにと、たえず用心していた。結局、仕事が終わりがけになると少し痛む。こんな時に無理をしないことが大切なのだろう。次の鍼灸の際に相談してみようと思うが、勝手に冷えのせいでもあると考えている。電車では、空調が入り、強い風が頭の上でふきはじめた。我が体と心よ頑張れとエールを送る弱い私。風よけの帽子だけではなく、山用の上着もそろそろ持参すべきか。
2012.4.25.wed 「充実した日」
晴れ。布団を干してから、床を這いずり回って拭き掃除。ストーブも綺麗に拭いて箱や袋にかたづける。セーターやコートもなんとかしたいが次の休みにしよう。
冷えのせいか、疲れのせいか、左の足首のあたりに時々激痛がはしる。今日は家でゆっくりしていようと思って、すべき作業を手帳に書き出す。個展のイメージを固めていきたいし、バナナムーンのTシャツ展やmu-anの企画展のことも考えたい。そう思っていたのだけど、なかなか、すべきことまで到達しない。でも、無駄なことはしていないつもり。とにかく、ひとつの作業は完了。
昨日、湯がいた筍は小ぶりと言っても七つもあるから、誰かに分けてあげられると思っていたら、皮を剥くと可愛らしいのがコロンコロン、コロン。筍ご飯と若竹煮をして、小さいのが後ふたつ。これでは人にあげるほどない。今回は我が家でいただこう、と言っても筍を料理するのは初めてで料理の本をみながらのてんやわんや。完成したお味は……。好い料理本先生が私についているようで、なかなか美味しくできたと思う。筍、春キャベツ、新玉ねぎと旬の力をいただいて、明日からも仕事をがんばろう。
すべきことは進まなくても、新しい挑戦もできたし、体も休まって充実した日になったと思う。
2012.4.24.tue 「季節をいただく」
晴れ。紫外線が強そう。
長岡京市に住む職場の人に筍を買ってきてもらう。朝、掘ってきた筍の無人販売の棚が道端に点在したり、長岡京市の町のいたるところに、この時期だけのお店が並ぶ。私が買ってきてもらったのは、職場の子の自転車置き場で売っているもの。自転車置き場の方が竹薮を持っているから、朝に男の人たちが堀りに行って、奥さんが販売するといった感じ。個人の人が売るものだから、小ぶりであっても、お店で買うより新鮮で安い。その上、米ぬかもつけてくれて、ひとつサービスしてくれた。
実家の高槻でも近所の人にからもらうことが多かった。買ってきたというのを聞いたことがない。季節のものだから、もらう時にはあちこちからいっぺんに大集合。大量の若竹煮が連日続いたが、あの頃
、アクが強いものが苦手で好んではたべなかった。それでも料理してみようと思ったのは、母の畑の野菜を食べたり、季節の野菜を購入するようになって、その土地で育ち、その時期の実りをいただくことは、体にも心にも好いのだろうと思うようになったから。旬の味というのは、やはり美味しい。季節をいただくということは、どんなに高級なものより最高の贅沢だと思う。
仕事から帰って、ご飯を食べてから、米ぬかと唐辛子を入れた水から筍を湯がく。一時間と少しで柔らかくなって、ひと晩そのままつけておく。明日、定番の若竹煮と筍ご飯をつくる予定。そういえば、筍を買ってきてもらったのを見ていた人に「また、お客さんが来るの?」と聞かれた。美味しくできるかわからないが、差しいれしたいなと思う人は頭の中にいたりする。でも、まずは家族でいただこう。
2012.4.23.mon 「素のままの言葉で」
曇。雲は重く空は低い。昼過ぎには、青空が広がっていた。
家に帰ると食卓に原稿の束。もうすぐブックロアから出版する本を印刷したもの。校正を頼まれていたから、ご飯を食べ終わってから赤鉛筆を片手に一枚、一枚めくっていく。本当は気持ちを込めてページをめくりたかったのだが、校正をする時はできるだけ感情を入れ込まない方がいい。言い回しに味ある言葉ならいいのだけど、文字の間違いも溶け込んでわからなくなってしまうから、単調に声を出して読む。そのうち声がでなくなってしまったら、本の中に吸い込まれてしまったということ。自分の本の時もそうだった、読めば読むほど、回数を重ねるほどに見えなくなってしまった。今回はそうならないように、もう一度チェックしたい。より好い本になりますよう心から願って。
あるがまま、あるがままに。著者であるご夫婦が目の前にいるように、めぐりめぐる季節がすぐそばに広がるように、素のままの言葉で綴られる一冊。もうすぐ、みなさまの手元にお渡しできることがとても嬉しい。
2012.4.22.sun 「パンの味」
高級そうなお店でパンをたべる。一緒にいた人も遅れてきて、パンを口に運ぶ。人のパンだというのに見てるだけでも美味しそうで、自分も口を開いてしまう。さあ、口に入るという時に、トントンと肩を叩かれる。
気づいたら布団の上。叩いたのは隣に寝ていた相方で、時計を見ると家を出る15分前。慌てて起きて、急いで着替える。あわあわしながらも気になることは、あのパンはどんな味だったんだろうということ。自分が食べる訳でもなかったというのに、夢のパンが気になってしまう。
雨が降った。仕事で外の状況はわからなかったが、京都も大阪も嵐というまでではなかったよう。
2012.4.21.sat 「仲良くなるまで」
晴れ。というより暑い。そうなると、電車が寒くなるのではと思って、暑くても一枚はおってでかける。
星ヶ丘は日差しが強く、あたたかかった。桜はすっかり緑の景色になり、足元に輝く黄色いタンポポが次の季節がくることを教えてくれている。
年中組のウクレレレッスン二回目。前回の曲をなんとか弾けるようになっていると思っていたのだけど、みんなで合わすと途中で指が迷子になってしまったり、リズムがおかしくなってしまったりと思うようにできない。こんなはずじゃないのにと思ってしまうが、結局、私の練習ではそこまでの結果しか出せないということ。遠慮がちの音で、なんとなくできているだろうと思うぐらいで満足していた。なんとなくでは、結局、人前にできると、それ以上の力はでない。なんだか、くやしいが、それは自分の力。そして、そのまま新しい曲へすすんで、また頭から湯気がでそうになる。それでも、やる気が途切れないように、相棒である我がウクレレと仲良くなるまで弾いてみよう。
晴れていた空は曇りはじめ、丘は強い風が吹いた。明日は嵐になるらしい。本当に嵐になるのだろうか。
2012.4.20.fri 「うちの椿」
雨。
30分遅くの出勤だと電車は満員。一時間立ちっぱなしも冬場は大丈夫だけど、暖かくなりはじめると一日中立っているのは辛いと思ってしまう。それでも、なんでも、気持ち次第、気持ち次第と言い聞かせる。
八年か九年前に、花の終わった椿の枝をもらって帰り、葉っぱだけの枝を花器に差していると根っこが出た。根っこがのびるのを眺めたりしながら、しばらくそのままにしていたが、二回目の引っ越しの際に鉢に植えた。その椿が二年前に初めて蕾をつけた。それも三つも。でも、去年はひとつも咲かなかった。根っこをほぐしてあげたからか、今年はひとつだけ蕾をつけていた。赤というより、濃いピンクで、とても強さを感じる色。どこでも見かける藪椿のような一重ではなく、八重で変わった品種なのだと思う。捨てると言った枝をもらって育てたから、どんな花が咲くか想像もできなかった。というより、てっきり優しいピンク色の八重だと思っていたので、赤に近い色の花が咲いて「あなたは誰ですか」と問いかけたくなった。
今年、咲いたのも濃いピンク。物干し場に置いたままでは、あまり見ることができないので、ご飯を食べる部屋に持ってきた。玄関には白玉椿を置いている。もっと、いろんな椿が欲しいのだけど、挿し木が成功したのは一回だけ。鶴見緑地のまわりには、いろんな種類の椿が咲いていて見るだけで興奮してしまう。ひと枝欲しいと思うが、ぐっと我慢。いつから、こんなに椿を好きになったのか。おそらく今の職場で、蕾の椿をいけているのを見たからなのだろう。それでも花器にいける花や蕾だけの椿より、土に根をおろしている椿が好き。葉っぱも、蕾も、花も、ずっと力強さを感じる。静かで強い力を。
冬の花が今頃に咲いているのだけど、春の花への交代で、私の心を和ませてくれる。次に咲く君子蘭やナニワイバラの蕾が少しずつ膨らんでいる。厳しい季節を乗り越えてくれた我が家の命に感謝の気持ちも大きな膨らむ。
2012.4.19.thu 「空をあおいで」
晴れ。春だなあと陽だまりで、ぼんやりしたい気分。しかしながら仕事。そんなことが出来ない日だから、余計にそう思う。
暖かくなってくると、電車では静かに空調がかかり出す。車内だというのに、夜だというのに、つばのある帽子を深くかぶり、眠ってしまおうと目をとじる。いつか、一番苦手とする冷房だって、こわくないと言ってしまえる体になるのだろうか。どうしても強気にかまえることの出来ない自分が情けない。病は気から。前向き、上向き、空をあおいで、なんでもかかってきなさいと笑って言えるようになりたいもの。でも、どうしても心配性で弱気の自分が、ど真ん中にどんと座っている。
夜に雨。いそいで洗濯物をとりこむ。それでも雨の音が好き。包み込まれているような、守られているような気になるのは、安心できる場所にいるからだろう。そう思える今この時に心から感謝。雨の音に耳を傾けながら、そんなことを思う。
2012.4.18.wed 「ひとつ手をくわえる」
晴れ。
本のご注文をいただいたお店から、ブックロアのブログに載せている
「ひとつ手をくわえる」を印刷してお送りしている。我がブックロアは、手作業で仕上げをしたりと、ひと手前をくわえて自分たちだからこその本をつくっている。とくに「九月の朝顔」は言わないとわからない部分が多く、それを写真とコメントでわかりやすくブログに載せてくれている。私のたちにとって、本を扱ってくださるお店があってこそ、人から人に届けていただき、お伝えすることができるのだから、伝えるべきことは丁寧にお伝えしたいと思う。しかしながらの、ぼちぼちで。思いついたら、ひとつひとつ。
こちらが勝手にそう思ってお送りした長い長い「九月の朝顔」ができるまでの内容を、451ブックスのユキさんがお店に貼ってくださったとのこと。お心遣いがありがたい。いつも、ありがとうございます。励みになります。実は、もひとつ違う企みも考えているので、それもそろそろしてみようと思っている。なんでも、やってみないとわからない。よし、がんばろう。でも、まぁ、ぼちぼちと。
2012.4.17.tue 「オメデトウとアリガトウ」
晴れ。この陽の光を無駄にしてはいけないと布団を干す。しばらくして、耳に触れる気になる音。突然の雨に、慌てて布団を取り入れた。
今日は、ついにSEWING TABLE COFFEEのタマケンさんとえみさん、そして野本さんをお招きする。数日前から、料理の本を何冊も枕元に置いて何をつくろうかと考えていた。家にある食材も使って、10品を目標に。とは言っても、普段は主人に頼りっきりで、休みの日にするぐらいだから、レパートリーというものが少ないというより、ないようなもん。はてさて何をと考えていたものの、昨日は職場のミーティングで遅くなり作るメニューを選ぶだけ。
主人は朝から出かけた。鶴の恩返しではないけど、手際がわるくバタバタ料理なので、ひとりで独り言をぶつぶつ言いながらの方がやりやすい。なんせ、日ごろしていないわけですから。まずは、買い物に出ずに家にあるものを使って作れるものの準備。時間をかけて味を染み込ませるもの、水につけて灰汁をぬくものなどを、ひとつひとつしていく。そうしていると、ピンポンとチャイムがなる。そして、大きなダンボール箱で春キャベツが届いた。と、いうことは軌道修正。また本を見て、キャベツの料理を調べるわけで。そんなこんなで、お昼前から台所に立って、まだまだ余裕よ、なんて思っていたら、三時、そして四時。約束の五時まで後一時間。急に手が震えてきて「後、何したらいいんやっけ」と慌ててしまう。目標の10品は出来たのか、どうなのか。
ピンポンとチャイムが鳴って、タマケンさんと野本さんが来てくれた。熱い方が美味しいおかずはギリギリにと、いつも出来ていないことを気をつけて、えみさんを待つ。えみさん到着と同時に完成、と言いたいところが、結局、相方にお箸や器を出してもらって食卓完成。野本さんが結婚祝いに作ってくださったテーブルクロスの上に、たまけんさん、えみさんへの10周年のお祝いとして、野本さんにテーブルクロスや割烹着のお礼として、そして日ごろご飯をつくってくれる主人に感謝の気持ちをこめての器をぽんぽんと並べた。みんな、わぁと言ってくれるけど、お口に合うかドキドキで。
五時からスタートの会はいつもながら、和やかに、笑いたっぷりで、嬉しい楽しい時間となった。そして、本当にいつもながら作った料理はほとんど空っぽで、いつもながらタマケンさん、えみさんに、また料理をする楽しさや喜びを感じさせていただく訳で。いつもながら、また食べてもらいたいなと思うのです。ということで、作る喜びを頂いて、私の方が感謝せねばで。一応、本日作った料理は、
1、キャベツの肉詰め煮
2、アサリとトマトのスープ
3、大豆とごぼうのみそあえ
4、揚げ里芋と豚の甘酢あん
5、丁字麩のからしみそあえ
6、しらたきとれんこんの辛煮
7、焼き椎茸の炊き込みご飯
8、きゅうりの中華風酢漬け
9、にんじんのピリ辛サラダ
10、黒豆(お土産に)
そしてマグロの刺身と、デザートに八朔の蜂蜜づけとイチゴ。料理は私のオリジナルではなく、いろんな本を見つつでして、味付けはビールに合うようにを考えてつくってみました。さてさて、いかがだったでしょうか。えみさんの日記「貝殻となり」の4/17(水)
に写真を載せてくれていました。よろしければ、愉快な報告をどうぞご覧ください。
とにかく、毎年お祝いができたり、ありがとうって感謝をしたい人がいることが幸せだと感じるこの頃です。みなさま、ありがとうございます。また、こりずに来てください。ぽっちゃり鶴は割烹着をゆるゆると着て、みんなを思い料理をふるまいますので。
美味しい、美味しいと食べてくださって感謝、感激。ありがとうございました。
2012.4.16.mon 「ひとつより、ふたつ」
曇り。寒くもなく、暑くもなく、体には丁度いい。昨日は桜の見頃、最終日曜日だからかお客様が多くて、終わってから喉が痛くて、ぐったり。朝になっても疲れが残っていた。
昨日の夜、いつも使っている鳥の箸置きが、ひとつなくなっていることにか気づいた。おそらく、生ごみと一緒に捨ててしまったのだろう。随分昔、永井さんや千夏さんたちと鎌倉をまわったときに、もやい工藝で買ったもの。ひとつだけ買おうと思って持っていたら「やっぱり、ひとつよりふたつよね」と、南里さんがもうひとつ手渡してくださった。その時の声まで耳に焼き付いている。まぁいいか、しゃあない、しゃあない、と思いながらも諦めきれず、生ごみの袋を開けて探す。箸置きそのものというより、あの時の記憶や思いがどこかに行ってしまった気がして哀しくなった。でも、私の中で解決するしかないのだから「まぁいいか」「もういいや」と自分に言い聞かせる。「やっぱり、ひとつよりふたつよね」思い出してしまうと残念でならない。でも、ふっと思うこと、あの時は誰かを好きになるなんて思っていなかった頃、ひとつより、ふたつということを私自身は思わなかった。でも、今ならそれがいいなと思う訳で。ひとりより、ふたりの今を、あの鳥が持って来てくれたんだと思うと、やっとふっきれてゴミ袋をもとに戻した。それに代わるものがあるとは思わない。なんでも、ひとつを大切にしていたい。白い鳥よ、またどこかで、なんてないかもしれないけど。長いこと、ありがとう。もう大丈夫。大丈夫。
2012.4.15.sun 「10周年のプレゼント」
曇り。暑くもなく、寒くもない。
数日前に五回目の鍼灸に行く。私の頑固な冷えは根っこを伸ばしているらしい。ゆったりとした気の流れにすることも大切と聞いて、鼻唄をフンフンうたうことにする。最近、レレさんのウクレレレッスンのCDばかり聴いているからか、「森の小径」と「椰子の実」が自然にこぼれる。鼻唄というのは心地いい。肩の力が抜けて、体がふわりと軽くなる。
数日後にテーブル夫妻をうちにお招きする。昨年はできなかったが、ここ数年の恒例のご飯会。今回はSEWING TABLEの10周年のプレゼントとして、普段、料理をしていない私が担当する。さて何を作ろうか考えるのも楽しいから、ひとり作戦会議決行中。そして、今回はスペシャルゲストに、もうひと方お招きしている。以前から来ていただきたかったのだけど、なかなか実現せずで、タマケンさんやえみさんのおかげで念願叶う。その方は、私がずっとほしいと思っていた割烹着を作ってくださった。最近はそれをつけて家事をする。そんなお心遣いへの感謝の気持ちを込めて、ご飯をつくりたい。しかしながら、日ごろの積み重ねのない私は何ができるか。と、考える時間も楽しいのだけど。さてさて、何をつくりましょうか。
2012.4.14.sat 「愉快な輪っか」
降り続いた雨はやんだみたい。外を歩くと、足元に桜が咲き始めていた。次の季節の頁をめくる時がきたことを思う。
本を置いてくださっているバナナムーンのTシャツ展に参加させていただく。それによって「九月の朝顔」やブックロアの本を手にとっていただけたら、というご提案。そんなお心遣いが嬉しい。
そして、新潟県、長岡市のギャラリーmu-anからは、6月の企画展にブックロアの本で参加しないかというお誘いをいただく。そのころには、SEWNG TABLE COFFEEの本も出来ているし、ご縁に感謝。いつかタマケンさんとエミさんと一緒に長岡市に行きたいと勝手に企んでいるからまたまた嬉しい。
そして、そして、バナナムーンのTシャツ展にはタマケンも参加。愉快な輪っかが広がっていく。みなさま、お誘いありがとうございます。
松江の本屋、アルトスから本の注文を頂いた。永井さんが「いい本屋があるんだよ」と言って、アルトスとDOORに連れて行ってくれたことを思い出す。アルトスからの注文を頂いたのが永井さんの命日だったから、何か深いものを感じずにはいられない。
2012.4.13.fri 「出会いに感謝」
曇り。紫外線が強い。電車から見る桜は散り始め、緑の若葉が芽吹いている。
朝起きると亀が逃げていなかった。あの亀は高価なものだと母から連絡があり、ひっしに家の中を捜す。やっと見つけた一円玉ぐらいの白っぽい亀を、前より少し大きめのいれものに泳がせた。高価と聞いたからでもあるが、また逃げてしまわないように。そして、綺麗な石や貝殻も一緒に入れてやった。
と、これは夢の話。亀をやっと見つけて目覚めたから、起きてからもまだ亀が自分の中で泳いでいるような気がした。
小雨の降る中、職場に私をたずねて会いに来てくださったのは、451ブックス主催で岡山のpieni..にて行った朗読会に参加してくださった方。わざわざ会いに来てくださるお気持ちが嬉しい。集うみなさんのおかげで、素晴らしい時間を過ごさせていただいたことを思い出す。451ブックスでは、ブックロアの新刊、西尾勝彦さんの詩集「言の森」も置いてくださっている。一度、お会いしただけで、451ブックスのお二人を思って発送の準備をすることができる。そのたびに、お会いすることは大切なことだと感じる。繋がりというのは、ありがたいことだと心から思う。
今日、会いに来てくださった方に手紙を書こう。「また、岡山に来てください」の、あたたかいお気持ちがとても嬉しかったから。出会いに感謝。繋いでくださった方々に感謝。さあ、これを励みに、がんばろう。
2012.4.12.thu 「命の日」
晴れ。雲のない空。
朝、6時に起きて、6時半には家を出る。今日は永井さんの命日で、仕事の前に西本願寺へ。お墓にお参りに行くことが出来ないから、永井さんを思って手を合わせる。晴れ渡る澄んだ空は、海の見える場所に心を届けてくれる気がした。
昨日は雨が降っていたけど、散らずに桜は満開。永井さん、美しい春の一日になりそうです。みんなが笑顔になるように、永井さんがそうしてくれたんですね。きっと。あの日から一年。大切な一年をすごさせていただきました。
命日を「命の日」だと思うと、故人の亡くなった日だというより、はじまりを感じる。ぬくもりが生まれる気がする。そして、春に芽吹く緑を思う。命は命の大切さを教えてくれる。それを教えてくれた方々に心から感謝。ありがとうございます。
仕事の帰りにフリージアを二本購入。先月のマーガレットが今も咲いているので、お店の人がすすめてくれるまま、まだ咲いていないものにした。元気をくれる黄色い花が、あと数日で咲くことを思うと楽しみも膨らむ。大切な人たちのおかげで、そんな豊かな気持ちもいただいている。
2012.4.11.wed 「心を文字に」
雨。休みだから、桜を見に行こうと言っていたけど、一日ふり続くだろうということで断念。それでもやんで欲しいと願うから洗濯をしてまう。
本を販売して、伝えてくださっている友人よりメールを頂く。数日前の日記を読んでの言葉。仲間の心遣いが嬉しい。なあやさん、
ありがとうございました。
私たちは人との繋がりのお力を借りて自分たちの活動を伝えて頂いている。その感謝を常に忘れずにいたい。西尾さんのプレスリリースを送るにあたって、ご挨拶と、今後、SEWING TABLE COFFEEの本が出ることもお伝えする手紙を一緒に添える。本当は、本を持って自分たちの足で伺いお伝えすべきこと。時間をかけてでも、お世話になっているお店に挨拶に行きたいと思っている。でも、すぐにはできない。今は出来ることからしていきたい。万年筆に思いを込めて「よろしくお願い致します」と封筒に記し封をした。 心を文字にたくして、感謝の気持ちを込めて。
明日、4月12日は我が恩師の永井さんの命日。命の日。時計を何度も見ていた。心静かに、永井さんを思って。
2012.4.10.teu 「天使たちと」
晴れ。暖かい、と言うより暑い。朝にぼんやりしていたから、いつものようにコートをはおって家を飛び出す。
朝の電車は混み合い、この時期は座ることは出来ない。それでもまだ体力のある季節だから一日立っていても、それほど疲れない。「大丈夫」そう自分に言いきかせる。一時間という距離も、二年前より近くなったと最近は思う。
仕事が終わって駅につく頃に、主人からメール。「枚方で下車してもらっていい?ご飯食べるって」食べるってって、誰とだろうと思っていると、主人のバンド、ガブリエルのみんなとだった。私はみんなが好きで、みんなとご飯を食べるのも好き。だから、呼んでもらえると嬉しい。
ウクレレを楽しいと思えるようになったのは、ガブリエルのみんなのおかげ。タマケンさんは私が弾きたい曲のコードを教えてくれて、ハヤシさんは一緒に弾いてくれた。シロウさんは好い音のウクレレで練習した方がいいと、発表会前に大切なウクレレを貸してくれた。そのおかげで、ウクレレを弾くことことが楽しいと思えるようになって、みんなの心遣いに応えたいと練習をした。
そんな素敵な仲間と一緒に、主人がバンドをしていることがとても嬉しい。そして、私も一緒に誘ってくださることが本当に嬉しい。
ガブリエルは毎年クリスマスに星ヶ丘でライヴを行う。そのために、自分たちの中から言葉や曲を生み出そうとしている。彼らのまっすぐな音と声に、耳を傾け、心を寄せるその日が来るのを楽しみにしている人が、たくさんいることを私は知っている。そして、心あたたかい天使たちだということも、私は知っている。
2012.4.09.mon 「指先で交信」
晴れ。昨日よりあたたかい。ラジオの情報で聞いてはいても上着を薄手にする度胸がない。
CDプレーヤーが壊れてしまい、それにかわる物がやってきた。家の中で取手つきのラジオを持ち歩き、畳の部屋でラジオ深夜便を聴くような昭和人には、わあと声が出るような未来的なアイテム。今ではもう当たり前になったが、指先をシュウシュウと左右に動かすと、あらゆる扉を開ける例の物のたぐい。その簡単な動作をすることに戸惑い、ためらってしまう。便利の波に流されてしまいたくないという自分。機械音痴のままでもいいと思う自分。それでも、便利な道具を上手く使えば、節約にもなるし、時間短縮にもなる。そして情報や知識も増える。わかってはいるのだけど躊躇してしまう。
実際、手元にやってきた新入りは主人が仕事に使うもので、普段は私が利用したらいいと言ってくれた。まさかの展開にプレッシャー。ノートを開いて、すぐに覚えられないことをメモっていく。今日から実践。無口なるものを手の平に乗せて、仲良くなれるように指先で交信していこう。
2012.4.08.sun 「愉快、痛快」
晴れ。青空。お花見日和。今日の京都は賑わうだろう。気合いをいれて出勤せねば。
昨日、星ヶ丘で今年の七夕について話していて、えみさんに「今年はどんなイメージなん?」と聞かれて「愉快、痛快な、楽しい感じがいい」と答えた。
今、『共に』ということに感謝をしたいと心から思う。嬉しいや楽しいは、自分ひとりでは生みだせない、そして、人と人だけからでも生まれない。自然の中で、自然の上で、自然の横で、自然と共に生きているということを常に感じて呼吸をしていたい。今年の七夕は「ぬくもり」や「あたたかさ」を、星ヶ丘に集う人、想いを託してくださる人、そして、大きく包み込み見守ってくれる自然と共に感じたい。それは、悲しみ、淋しさ、涙を流すこともあるからこその嬉しいや楽しいで、生命をいただき、呼吸をしているからこそ感じることができることだということを気持ちに留めていたい。
「ありがとう」を伝える。声を出して笑う。うたう時には大きな声を出すし、気持ちを注ぐ機会を頂けるなら、まっすぐに心を込めたい。失敗してもいい、恥ずかしくてもいい、「今」という時を、私らしく大切に過ごしていきたいと思う。
と言うことで、今年の七夕は愉快、痛快に。「共に」を感じ合える時間を笑って過ごしたい。ぬくもりが生まれる時のなかで、私たちを支え、見守る、自然に心からの感謝をこめて。
2012.4.07
.sat 「年中クラス」
曇り。気分はもう春でありたいから、余計に寒く感じる。
今日からウクレレの年中クラスのレッスンがはじまった。発表会には参加したものの、初級の教科書を全部まるまる習得できていない。みんなについて行けずに頭から湯気が出ている自分を思い出す。自分のペースで弾きたい曲を弾けるようになればいい。そう思えば気が楽になるが、レッスンか始まろうという時には、もう湯気寸前。ついに始まる。なんにも出来ていないままだけど大丈夫なのだろうかと。体がガチガチに固くなる。
まずは、レレさんの言うコードを弾く。譜面にいろんな情報があると頭が混乱してわからなくなるから、コードだけを書き出して弾いていた。だから、基本のものは覚えていて、ついていくことができた。とにかく手を動かして練習することが「楽しい」に繋がることを改めて思う。
そんな始まり。さあ、中級コースはどうなるか。仲間と気持ちを共に音を重ねることができるだろうか。私次第だ。よし、練習しよう。
2012.4.06
.fri 「その人は」
晴れているが、曇り空。寒さが舞い戻っても、桜の歩みを止めることはできない。そして、京都は雨が降ったり、やんだり、今日もよくわからない天候だった。
昼休みに、ある人に電話をする。電話に出るなり「おはよーございますー」と元気な声が響く。もうそれだけで体の悪いものが、どこかに行ってしまいそう。その方は私を番長と呼ぶ。マーガレットプレスのダイアリーで「番茶日記」と名付けて書いていたら、「番長日記」だと思ったらしい。そう、その人は沼津の岩崎有加さん。もうすぐ、東京のタンバリンギャラリーで展示を行う。永井さんを通じての繋がりから、こうして元気をいただけることが嬉しい。頼りになりませんが、なんでも頼ってください。なんて言ってみたり。
お時間のある方は、ぜひ展示を見に行ってください。きっとそこには、太陽の光を感じる空間が広がっているはず。
2012.4.05.thu 「一冊も」
悪天候にも関わらず、職場の喫茶室にはお客様がたくさん来てくださる。この時期は、平日でも土日の客数になるから、ありがたい。とは言え、帰る時には疲れがどどっとでてしまう。
いつもブックロアの本をたくさん販売してくださっているお店から、売れたものの報告と、その分の注文を頂いた。いろんな本が売れていたのだけど、私のは一冊も売れていなくて気持ちが落ち込む。そして、他の置いてくださっているお店にも迷惑をかけてしまっているのではないかと心配になった。自分に出来ることをせねば、人に任せて頼ってばかりではいけない。さあ、どうしよう。
疲れと、下向きの気持ちと、考えることがぐちゃぐちゃになって、いつもより早く布団に入った。でも、すぐに眠れなかった。
2012.4.04.wed 「色がある」
晴れ。
10年以上前から使っていたポータブルCDプレーヤーが壊れてしまい、それにか
わるものを探しに出かける。あまり物を買いたくないというか、気 に入ったも
のを長く大切に使いたい性分。その上、機械音痴の私は単純な機能のものでいい
と思っているが、そんなものが、なかなか見つからない。そ うなると、長く
使っていたものに必要性を感じて、壊れてしまったことがさらに残念に思えて仕
方ない。しかしながら、相方は便利なものを、より有効 に使う人。彼の役にも
立つものがあればいいのだが。
主人のお母さんが、誕生日に贈った夕焼け色のショールを使ってくださってい
るとのこと。草木染めは時間をかけて想いを込めて出来上がるから、喜 んでく
ださると嬉しい。もう二度と同じ色にはならないし、世界に一枚だけのもの。電
話の向こう側のお母さんの声に笑顔や元気を頂く。お母さんの声 は色がある。
ぬくもりを感じるお日様の色。電話が終わってからも気持ちがあったかい。そう
感じる私って幸せだなあと、一人でにやけてしまう。
2012.4.03.tue 「共に生きて」
雨、ラジオでは風も強いとのこと。大阪の桜も咲きはじめ、この雨にたえてくれることを願う。
全国的に雨、風の嵐はすごかったらしい。私は職場の窓から外を見て、揺れる暖簾や木々に怖さを感じていた。自然を甘くみてはいけない。自然から学び、共に生きていきたい。
2012.4.02.mon 「深い」
晴れ。風は冷たい。午後の陽射しは暖かかったから、桜も少し緩んだかな。
四回目の鍼灸。私の冷えは根深いようで、去年、その前と、冷房地獄に泣いていた日々を思い出す。深いと聞くと、先生だけに頼らず、私自身も食べ物や生活等を気をつけるべきだと改めて思う。何事も中から、内から、私自身が温もりを生み出さなければ。時間をかけて、こんな体になったのだから、時間をかけて治していきたい。ゆったり、おおらかな気持ちも大切。深呼吸して、ぼちぼちいこう。
2012.4.01.sun 「ピアノを聴きながら」
晴れているからと慌てて洗濯をしだすと、干す頃に雨。昨日に続きややこしい天気。
午後から星ヶ丘に向かう。桜花祭での重松壮一郎さんがピアノの演奏を聴きに。思えば2007年、ギャラリーのスタッフだった時、重松さんが小島里美さんの絵に合わせてピアノを演奏する展示があり、いろいろお話させていただいたことを思い出す。いつか草原で演奏をしたいという話を聞いていたから、朝からの不安定な天気が心配だった。私が着いた頃にはピアノが草原に出ていて、小雨がぱらついていた。桜の蕾はかたく結んだままで、春に向かおうとする気持ちに冷たい風が厳しい。それでもピアノを弾く重松さんと、今、ここに生まれる音に心を寄せ、耳を傾けようとする人たち。重く広がる灰色の雲の間に青空が覗くことを誰もが願っていたに違いない。
重松さんのピアノを聴きながら思い出していた。私は、雲、水面、足下に広がる影、人の表情など、あらわれては消えるものを描き綴りたいと言うと、重松さんも理解してくれて、そういうものを音にしたいと互いに話した。私の中に一度吸い込んだ、その時だけの一瞬を、私の中から外に出す。それは呼吸で、私自身がここにいることを、今に記すということなのかもしれない。生まれては消える音を聴きながら、そんなことを考えていた。
そのうち、雲間に青空が覗き、重松さんの肩にそっと触れるように陽が差した。とても優しい時間に思えた。寒さを忘れ、穏やかな時間に呼吸をする自分がいた。好い時間だった。
演奏が終わり、SEWING TABLEでミルク珈琲を頂きながら、笑って、喋って、ゆっくり過ごす。そのうち、ギャラリーの搬出を終えたハマちゃんが来て、またゆっくりしていたら、いつの間にか夜になって、裏庭の小屋で小さな打ち上げ会がはじまった。先生も羽織り袴のままで、やってきて。みんな心のままに話していた。ここらしい時間、ここだからこその時間。思いを言い合える仲間がいることがありがたい。素晴らしい場所で感謝の時を過ごす。
2012.3.31.sat 「10周年」
雨。朝に春の気配を感じたのに、昼頃また寒さが舞い戻る。桜の蕾も思いとどまり足踏み状態。
夜にSEWING TABLE COFFEE 10周年のお祝いと、えみさんの誕生日のお祝いを星ヶ丘で行う。ということで仕事の後、星ヶ丘に向かう。ひとつの場所を通して、10年いろんなことがあったと振り返る。そして、10年前の確かな出会いに感謝の気持ちが膨らんで、膨らんで、ありがたいと心から思う。星ヶ丘や葉山の仲間からの手紙を読んでいる和やかな時間に到着して、みんなの心に触れて、また嬉しくなった。そして、タマケンさんとえみさんに贈る唄として「サルビアの花」をうたおうと準備していた。我が相方と夫婦で演奏と張り切っていたつもりが、なんだか、あわあわとしてしまい恥ずかしい状態。譜面を持って行ったから、見ながらしか出来ず。家では何も見ずにできるのだから、まだまだ精進すべき。タマケンさんやえみさんや、私の周りの素敵な先輩夫婦の方々のように、時間をかけて、共に生きていくべきだと感じた。
会が終わってレレさんに「カズミン、サルビアはコード見ずにひかなあかんなあ」と、ひと言。そうです。そうなんです。それができなかったことが恥ずかしく、家に帰ってから譜面を見ずに弾く。ここから、私もはじまるのだ。また、SEWING TABLEを通して立ち止まり、歩きだす自分と向き合っていた。
SEWING TABLE 10周年は4月5日。また、新しい時間をあるがままに、お二人らしく積み重ねていくこと思うと嬉しい。まる10年おめでとうございます。まる10年ありがとうございます。そして、またここから、よろしくお願いします。そして、素晴らしいお祝いの会を纏めて進めてくださったノブさん、はまちゃんに心より感謝。ありがとうございます。
2012.3.30.fri 「現実」
晴れ。紫外線が強そうな天気。
休憩時間に主人からメール。地方小から年度末の返本が届いたとのこと。結婚してすぐの時に、大量の返本を見て、かなりショックだったことを思い出す。今回は自分の本だから、あまり見たくないような。でも、現実をしっかり受け止めなければと自分に言い聞かせる。
2012.3.29.thu 「言の森」
晴れ。洗濯物が、カラッと乾く陽気。
夜ご飯がすんで食卓に本を積み上げる。夫婦二人向き合って黙々と手を動かす。先日、我がブックロアから出版した
西尾勝彦さんの詩集『言の森』に表紙をつけて、帯をつけての仕上げ作業。思えば、結婚してすぐの時に同じく西尾さんの『朝のはじまり』の仕上げ作業を手伝った。その後出版した一井宏さんの『堂島川の小さな浜で』、私の『九月の朝顔』と、結婚して二年間、作業を共にしていく中で手伝うというのではなく自分の仕事なのだと思うようになった。こうして、自分たちの手から誰かの手元に届ける作業こそが我が出版社のこだわり。ぜひぜひ、西尾さんの本を手にとっていただきたい。
『言の森』、木の葉を見上げ、木陰を目でたどり、木々の続く道を歩くように、深く静かに西尾さんの言葉を吸い込んでください。みなんさんの思いと重ねて感じて欲しい一冊です。
今後、西尾さんの本に続いて、SEWING TABLE COFFEEの本を出版する予定。制作のことは私にはわからないので、どんな本になるかは、まだ知らない。周りの皆さんのおかげで、新しいものを生み出す機会をいただけるし、誰かと出会うきっかけもいただけることがありがたい。そして、私の本なども刺激をもらえるかなと期待したり。そんなことを思いつつ、出版社社長からの次の指示を待っている。注文はこないが自分の本も、こつこつ作っていこう。願いはきっと叶うと信じて。
2012.3.28.wed 「母と話す日」
曇り、京都は昼過ぎに少し雨。風も強い。
お風呂で読んでいる「大地」は第一章を読み終えた。先日、読んでいることを母に伝えると「買わんでも、貸してあげたのに」と、自分が読んだ時に頭に残った情景を話した。母の本は一冊だけ完結で、私のは二冊。どう考えても一冊には纏まらない超大作に思えてならない。それを聞いていた兄が「上下巻を読んで感動した話を人にいうと、実は中の巻があったっていう笑い話があるで」と言う。母は下巻しか読んでないとか。まさか、そんなことないやんなと笑っていると気になりはじめたようで、母は若い頃に何度も読んだ自分の「大地」を探して、私たちの前に持ってきた。そして、頁をめくって内容をみると……。
昔の中国を舞台にした物語、人間の心理や情景を細やかに描く。たくさんの登場人物が出てくるのだけど、その時に重要な人の名前しか出てこない。後は関わりや関係で語られるから、ややこしくなることなく人物を思い描くことができる。だから、読みやすくイメージしやすいのかもしれない。まだ、第二章がはじまったばかりで、第三章へと三世代に渡っての話しが進む。母を夢中にさせた一冊の本を、今、やっと読んでいる。読み終わり、ああだこうだと母と話す日が楽しみになってきた。
2012.3.27.tue 「今日の気分で」
晴れ。気持ちいい青空。ということで喫茶は賑わう。終わってから、ふうっと、ひと息。
また、親指にあかぎれが出来てしまった。小さな傷だというのに体全身に走る痛み。そう言えば、この冬、母にあかぎれの事を話すと三種類ぐらい薬を買って送ってくれた。3ミリほどの傷口ひとつに、そんなに薬はいらないと思いつつ、まだ使っていない。さあ、どれから塗るか、今日の気分で選ぶことにしよう。
2012.3.26.mon 「いつかの言葉」
曇り。風がとても冷たい。それでも、窓を開けて掃除をする。週に一、二度は家の中に風を通し深呼吸。そうすることで、新しい空気が私の体にも巡る。
午後に、明日で閉店する日音色に向かう。ヨウコさんに会いに行く。きっといつか、また日々の窓から音や色を眺めるきっかけをくれるような場所や事を始めるに違いない。閉店だと言っても、ひとつの区切りなのだと思うと、次へのことが楽しみに思える。続けてきた日々に立ち止まるというのは勇気がいること。それでも、ヨウコさんの笑顔から気持ちは続いていることが伝わってくるから、清々しい再出発のように感じている。私自身も、今、そんな時に来ているから余計にそう思うのかもしれない。
「振り返り、立ち止まることも、歩くということ」。いつかの言葉が私の背中を押してくれる。
2012.3.25.sun 「私の青空」
大阪は晴れていても、京都は曇り。冷たい雨も降り、春への足踏みに翻弄される日々。
寒いとは言え、お客様は次から次に来てくださる。観光で京都にこられる方々は、前々から予定を決めているので気候がどうであっても旅を満喫しようと歩きまわる。ありがたいことに、私の職場はその目的地になるようなお店で、この時期から非常に込み合う。
金、土、日と出勤すると、さすがにクタクタ。でも、みんな同じくそうなのだから、疲れたとは言えない。家に帰っても、主人も忙しく仕事をしている。だから、私の弱い部分を言いたくはない。とにかく、家までの電車の中で目を閉じる。一時間という時間で、体の疲れも気持ちもリセットするかのように。
家に着くと主人はご飯を作ってくれている。もう、それだけで、私の一日の第二ステージが始まるように、疲れがどこかに行ってしまう。「私の青空」が、まさにここにある。思い起こせば、一年目は本当に体がしんどくて「つらい、つらい」を顔にも、言葉にも、態度にも出してしまったことを今は反省している。そんな駄目だった自分を、今からでも挽回できるだろうか。「きっと、大丈夫」。時間は優しく、そう言って、背中に手をそっと置いてくれるような気がしている。
2012.3.24.sat 「好きだから」
晴れ。風が強い。京阪三条の駅の地下通路から地上を見上げるとグレーの空。大阪は青空だったというのに。そして、会社についてから冷たい雨が降る。
三月の後半になると、喫茶室のお客様は多くなる。ひとりひとりにお茶の淹れ方を説明する仕事だから、途中で酸素不足のような感覚になったり。好きな仕事だから、疲れもスポーツをした爽快感に思いたい。
2012.3.23.fri 「気になって」
雨。風が強い。
昨日、ウクレレの仲間から中級クラスのスケジュールの連絡をもらった。4、5、6月は、ここ10年七夕の展示を主に考え、いつも頭も気持ちもいっぱいの時期。大丈夫なのだろうかと不安もある。でも、やるなら、しっかりやりたいし、中途半端に言い訳ばかりになりながらしたくはない。それと気になるのは、初級で習ったことが今も出来ていないこと。よく使うコードだけは、忘れないようにと思っているが、それでいいのだろうか。全く上達していないことが気になってしまう。
でも、仲間と一緒に、またやりたいから、やったら出来ると自分に言い聞かせて楽しもう。そうだ、ウクレレも作品の一部として考えたらいいのだ。そこから根っこが、ひょろりと伸びることをイメージしてみよう。なんて思ってみたり。
2012.3.22.thu 「気を取り直して」
晴れ。午前中に思い立って物干し場の植木の整理。枯れてしまった植木鉢がつみあがっていたから。寒さのために霜でだめになったクンシランやシャコバサボテンの根っこをほぐして植え替える。晴れているからできることで、土ぼこりまみれになって土をさわった。するほどに、寒い時期に駄目にしてしまったことがかわいそうに思う。それでも、蕾をつけているクンシランや、新芽を出している山紫陽花に力をもらった。
午後からは、ホウ酸団子を買ってきて去年のものと置きかえる。流し台の下や、置いただろう場所を探してかえていくのだけど、一年経つと、どこに置いたかわからない。一年に一度、啓蟄の後には、きっちりとやっていきたいこと。さて、来年は置いた場所を覚えているだろうか。
そして、それから、朗読の資料の整理をする。紙物が多くて片付けることがなかなかできない。引き出しとか、いろいろ広げて整理をする。ファイルにまとめながら、あるものに気づいて開いてみる。「気を取り直して」という件名のメールを印刷したもの。2001年の日付。“……元気をだして、自分を信じて、いつも前に進むように心掛けてください”永井さんからのメール。2000年に永井さんに出会ってから、私が自分の気持ちをしめした時にもらったもの。一緒に何かを作ろうと話している人たちに、勇気を出して意見を言った。今でも、いつでも、その時のことが心のどこかにある。そして、その後、永井さんから頂いた言葉が気持ちに響く。涙が出た。あの時がなければ、今の私はいない。どうして、あんな勇気が出たのだろう。きっと、続けていきたいという気持ちが強くあったからだと思う。続けるならば、背伸びをすることなく、格好つけることなく、自分らしくありたい。そうでなければ、続けていく意味がないのだと考えていたから。
悩んで、悩んでの出来事も、今では懐かしい。永井さん、そんなこともありましたね。
2012.3.21.wed 「笑顔の素」
晴れ。朝起きると、早速ショールを首に巻いている母。気に入ってもらえてよかった。
今日は、高槻から京都の職場に向かう。勝手口から出て来た母の寂さを抑えるような表情で手をふる姿。そう感じてしまう自分。そんな母を見て、たびたび帰ってこようと思うのだけど、それがなかなか出来ていない。結婚しても、いつまでも、家族の笑顔の素でありたい。父や母や兄と別れる時に、いつも思うこと。
夜、仕事の後に四回目の鍼灸院。知り合いも通いはじめて、ハリ友がひとり、ふたりと。気持ちは前向き、みんな笑顔で健康になりたい。「大丈夫ですよ。治りますよ」という言葉に、心も体も元気になるのだという自信が生まれる。
2012.3.20.tue 「母の誕生日」
晴れ、青空。お墓参り日和だけど、私は仕事。
仕事の後に実家に帰る。母の誕生日。甘いものは家族みんな控えているからと言われ、ケーキは買わない。先日、ふたりのお母さんを思って染めた夕焼け色のショールと私が最近気に入っている童謡のCDを感謝の気持ちを込めた贈物に。明日には、もうひとりのお母さんにも届く予定。
家について、まずは仏壇の前に座って手を合わせる。おばあちゃんは、いつもの笑顔で私を見てくれる。ほっとするひと時。そして、居間でご飯を食べていると、父母兄が、あっちからも、こっちからも途切れず喋り通し。たくさん話しが聞けて嬉しかったと言ってくれる母。その言葉を聞いて、今日、家に帰って来てよかったと改めて思う。
2012.3.19.mon 「よく見ると」
風が冷たい日。日曜日と祝日の間で、お客様も多い。自分としては平日気分だったから、余計にクタクタに。これから春に向けて忙しくなりそう。
家への帰り道にふと思う。先日、私と主人が並んで座っている時に「よく見ると、二人似てますね」と言われた。そんなことを思ったことがないから、その時は驚いたのだけど、思い出してじわじわと嬉しさが込み上げる。結婚して二年間、一緒にご飯を食べて生活して、見た目ではない何かが似るというか近づいたのかもしれない。空気なのか、色なのか、においを思わす雰囲気なのか、私にはわからないけど、確かな時間を誰かに気づいてもらえたことが嬉しいなと思った。
私たちの大切な三年目がはじまった。これから、もっと互いが寄り添い合う時間を過ごしたい。言葉じゃない、形じゃない、見えない何かを育んでいきたいと心から思う。
2012.3.18.sun 「窓の向こうに」
朝から雨。もうやんでいるだろうと洗濯をしてしまったから、本日、自然乾燥は断念。喉は全快とはいかなくても、体は元気。しかし、相方の調子が悪く、お昼は茶がゆと大根と鶏肉のあっさり煮物。自分のことより、そばにいる人が元気になって欲しいと願う。
今日は日音色の朗読会。今回は日音色の古い建物をイメージして町家の話しで流れを考えていた。本には載せていないものも入れて、家や暮らしを頭に思い描いて頂けたらという内容。朝に時間を計って練習しつつ、窓へのイメージを膨らます。キーワードは、日、音、色。私の声で綴る言葉の窓の向こうの景色を眺めて頂けたらいいなと思う。
日音色は3月27日で閉店する。それまでの大切な時間に朗読会をして欲しいとお話をくださった。私の言葉ではあるけど、日音色に重なることが、来てくださった方々の中に生まれるといい。
朗読を始める前に煎茶を淹れる。店主のヨウコさんは黒胡麻とサツマイモのケーキを作ってくれた。そして、ちょうどいいぐらいの人数の人とぐるっと輪になって座る。日音色で朗読をするのは二回目で、前回もそうだけど、肩の力を抜いてお話しができる気がする。普段から仲良くさせていただいている和みのご夫婦の場所だからなのかもしれない。来てくださった方々は、来て欲しいなと思っていただいた方々で、初めてお会いする方も私の日記を見てくださっていると後で知った。私が中心になっての朗読というより、みんなで輪になって、和になって、一緒に過ごす時間になったような気がする。みなさんはいかがでしたでしょうか。来てくださった皆様に、そして日音色を大切に見つめて来られたヨウコさんに、心より感謝申し上げます。ありがとうございました。
終わりがけに雨が降ってきた。5時スタートということで、日中の光を感じてはじまり、朗読をしている間に外は少しずつ暗くなった。そして、雨。雨音に包まれる。窓ごしに「日と音と色」を、朗読会の短い時間に感じることができた。今日という日にも、心より感謝。
ウクレレの発表会が終わり、朗読会もひと息ついて、そろそろ星ヶ丘で行う七夕の季節の展示を考えていこうと思う。次で、11回目。いろんな意味で気持ちを入れ替えるためにも、ひと区切りの時だと思っている。さぁ、どうするか。まずは、今の気持ちを見つめ、始まりの種を考えようと思う。
2012.3.17.sat 「レレ先生万歳」
朝は雨が降っていたと思う。今は夜。やっとというか、ついにというか、ウクレレの発表会が終わってしまった。
午後3時に仲間がうちに来て練習をする。気休めになるのだろうと思いつつ、ずっと頭が真っ白になってしまう本番を思いつづけ、どうなってしまうのだろうと寸前まで思っていた。なるようになる。で、どうなるんだろうと考えるとこわくて仕方なかった。
SEWING TABLEで行う6回のレッスン期間中には、みんなに全くついていけず「やっぱり私はダメなんだ。今の私にはできない」と、発表会には参加したくないと考えていた。レッスン期間頃は本を出版したばかりの頃で、毎晩製本をし、自分のことで手一杯だった。レッスンが終了して、これから仲間と一緒に練習していくことを考えた。やるなら中途半端には出来ない。早く、早く、唄を決めて練習して、みんなに追いつかなければならないと焦りつつ、ある曲を提案した。「私の青空」。みんなが一緒に楽しく聞いてくれるんじゃないかと思って、仲間に相談。「私の青空」はもともとジャズの楽曲で日本語の歌詞でも昔から歌われている。家族や大切な人を思う気持ちがつづられている曲で、唄うほど、声にするほど、自分の日々や生活にも重なるような気がした。
また、仲間との出会いへの思いも込めて、唄の間に言葉を綴ることに。本当は、家族や家のことを思って考えるつもりだったのだけど、ウクレレをきっかけに偶然出会った友達への気持ちを、ここで声にしなければ、今後する時はないと思い、直球ストレートな言葉を唄に乗せることにした。
共にうたう
声をかさね
心をあわせ
音をかなでる
友にうたう
日々をかたり
時に涙し
そして、わらう
たがいの道を それぞれに歩いてきた
今、唄をうたい 空を見上げる
ホガラカにひろがる 私たちの青空を
ホガラカに。朗らかに。朗読の「朗」という字は良い月と書く。でも意味は「心が晴れ晴れとして明るいさま。空が明るく晴れわたっているさま」。夕暮れに青空を思う歌詞にも合っている気がした。私たちがうたう唄にも合っているように思った。ホガラカに、仲間とウクレレを奏でて歌いたいと。
みんなの前に立って、自分がする役目というのは、仲間をリラックスさせることだと思っていた。どちらかというと、人前に立つ機会は多い方。と思ったものの、始まれば隣の音が耳に入ってこない。私はどこに行ってしまうのだろう、どうなってしまうのだろうという感じで、手を動かし、唄をうたう。なんと言っても、自分にとっての想定外はみんなの手拍子。まさかの展開に舞い上がってしまった。そして、大失敗をしてしまう。実は演奏の寸前、仲間に提案をした。「最後、演奏が終わったら、帽子を脱いで“ありがとうございました”って挨拶をしませんか」と言ったのに、そのことをすっかり忘れてしまって、結局、終わってから仲間につっこまれてしまう。いくつものことを考えることが出来ない人のくせに、いろんなことを提案してしまう。なんという人だ、と我ながら思う。仲間のみなさん、口ばっかりの提案、暴走をお許しください。
発表会の後の打ち上げは参加せずに帰ることにした。明日の朗読会のこともあるので、喉を悪くしてはいけないと思ったから。でも、なぜか、本番よりも終わってから緊張が来てしまい、腰が抜けたようになってしまった。昔、高校の時、人生一度だけ、電話で「付き合ってほしい」と告白をしたことがある。その時以来の腰抜け。もちろん、告白の後の方が酷かったが。帰るときに、ウクレレの先生のレレさんの顔を見て涙が出そうになった。レッスンの時、もう駄目だ、出来ないと思った自分を思い出したから。でも、こうして素晴らしい発表会に参加させていただけたことが嬉しかった。感謝と共に、いろんな思いが巡っていた。
今まで、星ヶ丘でウクレレのことを聞いても人事だったかもしれない。でも、エミさんに声をかけていただき、レッスンを受けて、みんなが楽器を持って、唄をうたって、楽しい時間を過ごすことをたのしんでいることがわかった。何より、それは人との出会いや関わりや繋がりで、「共に」ということをレレさんがウクレレを通じて、きっかけをくださっていることを知った。ウクレレを始めてよかった。そう思う。気持ちを共にする仲間と出会うきっかけをいただいたことに心より感謝しています。レレ先生万歳。大声で言いたい気分です。こころより、ありがとうございました。
2012.3.16.fri 「心より感謝」
晴れ。明日は雨らしい。
体調は薬のお陰で朝はましになっているのかなと思うのだけど、仕事が終わって帰り頃に鼻水たらりで頭もうろう。昨日は、ああダメだと、ぼんやりしていた。でも、久々に薬を飲むと効きがいいのか鼻水も止まるし、今日は仕事の後でも昨日より大丈夫な気がする。
明日はウクレレの発表会、明後日は朗読会。酷くならないことを、とにかく願う。
仕事の帰りに百貨店へ。誕生日のケーキを購入するため。彼が好きなチョコレートのケーキと私が好きなモンブラン。晩ご飯は美味しい鮪。幸せだなと、心より感謝。
2012.3.15.thu 「ピンクのチューリップ」
晴れ。風が冷たく好い天気。体調は、まだまだ崖っぷちで、喉を使う仕事だから不安がいっぱい。京都につくと雨が降っていた。でも、空は晴れている。
今日は結婚式と入籍をした日。いわゆる結婚記念日で二周年とも言える。この二年早かったとは思わない。時間をかけて大切な時間を過ごして来たとしみじみ思う。そして、またこれから、ぼちぼちと夫婦ふたりで生きて行きたい。
主人は夜に用事があり出かけることになっていた。記念日だから、なんとかということは思わないので、ひとりご飯も全く問題はない。ただ、この日に買いたい花があった。ブーケにしていただいた赤いチューリップを一年ごとに一本ずつ増やしていこうと考えていた。でも、今年の三本だけでも、この先の金額が気になり、毎年二本にすることに決定。私自身が勝手に自分のためにしたいことだから、これまた問題なし。先日、大切な人を思って生けたマーガレットの中に仲間入りさせようと思っていた。しかし、赤いチューリップがない。何軒かお店を回ったが見つからず、結局ピンクを購入。こういうことにも、まあ、いいかと思える人になるべき。そう自分に言い聞かせる。
家に帰って、主人が出かける前に作ってくれたカレーを食べつつ、マーガレットとピンクのチューリップを、静かにひとり眺めていた。
2012.3.14.wed 「まる二年」
物干し場に陽射し。このチャンスを逃すもんかと布団を干す。洗濯、掃除と体を動かすと元気だが、一旦、休むと風邪モード。葛根湯を食間に飲む。
夕方から難波へ。目的は決まっていたからブラブラはしない。主人と二人で出かけていると、昔は別々の家に帰ることが淋しく感じていたことを思い出す。今は同じ家に一緒に帰ることができる安心感がある。幸せなことだとつくづく思う。
今日で結婚して、まる二年。明日から三年目がスタートする。
2012.3.13.tue 「高くても」
晴れ。情報では今日も寒くなると聞いていた。確かに空気は冷たいが、日差しがある分、暖かくも感じる。そして、紫外線アレルギーである私にとって気をつけなければならない季節、肌や唇にビリビリと刺激を感じる季節が来ているということ。
職場の人が風邪をひいてしまったというのを朝に聞いていたが、午後には私も同じように喉がイガイガ、鼻がグズグズ。この冬、今まで耐えてきたのにと悔しい思いも。電車に乗る前にプロポリスの飴を買う。高くても、これで治ればという思いで。
2012.3.12.mon 「思う時」
朝起きて、雪が舞うのを見る。大阪市内で雪を見るのは珍しく、今日はかなり寒いということを窓越しに知る。
京都に着いても雪が降っていた。今日は寒いのだと感じて誰かを思う時、心に生まれる温もりに気づく。
2012.3.11.sun 「いつものなかに」
朝、晴れていた。空は広く優しい青に包まれる。午後には雨が降り、夜は冷たい風が吹いた。
そして、私の2時46分は、職場での仕事中、知らぬ間に過ぎていた。お客様に笑顔で接する時の中、静かに過ごした。いつものように、いつものようにではあるのだけど、あの日を境に“いつも”が違う。大きなことでも、小さなことでも、度々、立ち止まり考える。思い、描く。その時、その時を大切にしている私自身がいる。今という時を、この手のなかに、温もりのなかに、そして“いつものなかに”。
いつものなかに
風をつかまえるようにして
自由だった手を
ぎゅっとにぎりしめる
通り過ぎる冷たさのかわりに生まれる
ちいさな温もり
伝えたい言葉は見上げた空に
探していることは足下に
知っていたいことは手のひらのなかに
にぎっていた手を
ゆっくりひらく
そこに残る温もりは
今、ここにいることを教えてくれる
いつかの風に忘れたこと
いつものなかに思い出す
手のなかにずっとあった温もりを
なくさないように
忘れないように
もう一度
両手でしっかり
みつめるようにつつみこむ
2012.3.10.sat 「いつかの笑い話に」
曇り。雨ふらなさそう。
お昼から仲間に会う。数日前からバースデー大作戦を考えていて、誰かが行動していかねばとなると、時々張り切るタイプ。あんなこと、こんなことしたらと想像を巡らす。しかし、リハーサルをしないことは、やはり筋書通りには行かない。自分たちの気持ちばっかりで、とんでもないことになるというのを目の当たりに。
そういえば、昔もこんなことあったなと、誰かにプレゼントをあげる時のいろんなハプニングを思い出す。でも、いつでも気持ちは目一杯。今回も、今後の教訓と、いつかの笑い話になりますように。人に迷惑をかけてしまったことを反省しつつも、そんなことを思う。
2012.3.09.fri 「温もりを感じ」
雨。冷たい雨。
今日は四回目の鍼灸院。職場の人に冷えを治すために鍼灸院に通っていると話すと、「体だけじゃなく、心が冷えている人が多いから、そんな人は生姜でも、なんでも効かないみたいですよ」と、こわい話だけどと、いかにも恐ろしいという顔をして言った。その点に関しては自分は大丈夫な気がしている。だから、こわいともなんとも思わない。でも、そんな方向に進んでしまう可能性は誰もが持っている。文明が発展すること、食生活の変化や、便利なものが増える世の中になるに従い“冷え”という現実があらゆることに多くなっている。冷えていることに気が付けばいいが、気付かない人の方が多いのだろう。それこそが危険だと言うこと。
人と人、そして人との繋がりや関わりで、温もりを感じ合える世の中であって欲しい。昔も、これからも、そんな“今”を生きていることを誰もが心の確かな場所に持っていることを願う。
2012.3.08.thu 「たぶん、来年も」
曇り。
毎年、毎年、この時期に書いているのだけど、3月にはすべきことがある。そうゴキブリ対策、ホウサン団子の交換。去年は涼しかったことに緩んでしまい、4月をすぎてしてしまったからか、二匹か三匹かと対決することとなった。3月5日は啓蟄でもあることだし、やはり3月に事を為すべき。と言って、毎年、調子に乗って置き過ぎているから、一年経つとどこにあるかがわからない。やり過ぎの性格に反省するのも、決まってこの時期。たぶん、来年もそう書くだろう。
2012.3.07.wed 「安心したわ」
曇り。
たまに来てくださるお客様が、突然、ある若い俳優の名前を出して「知ってる?格好いいと思う?」と私に問う。テレビのドラマを見なくても、たまに映画で見ていたから知っているけど、格好いいかという返事に戸惑った。適当に答えることも出来るのに真剣に考えいると、そんな私を見て「じゃ誰が好き?」との問い。「いえ、いえ、そんな、私、変わってるんで」と、思いもしない展開に顔がほてって、また真剣に答えてしまう。「いいよ、いいよ、教えて」と言われ、小さめの声である人を答えた。すると、男性も女性も「いいやん、いいやん、いい役者やん。一人芝居とかすごいもんな」と言った後に「安心したわ」と付け加えた。実際は、昔に好きだった俳優さんで、今はその人の舞台も見に行っていない。でも、基本的に、いいなと思うと一途なので顔が赤くなってしまった訳で。これまた、真剣に受け取る私。今日一番の緊張だった。
50代の男性と40代の女性の素敵なお二人。お会計の時に「僕は“家政婦は見た”の市原悦子が好きでね」と言った。それを追うように「私、市原悦子に似てるって言われるの」と言う女性。でも、あまり似ていない。もしかして、私がなんて答えるか楽しんでたのだろうか。「安心したわ」の言葉と共に気になりつつ、久々のどきどきを下さったことを感謝しておこう。
2012.3.06.tue 「彼女の言葉」
曇り。
私の友達は二十代前半という若さで亡くなった。病気のことは何も知らされぬまま入院していた。日に日に痩せて体力がなくなくなっていく彼女の言葉が今でも私の中に響いている。「自分よりも大変な人がいるのだから、私は辛いなんて言えない」。病院の白っぽい景色とともに胸に頭に焼き付いている。
夜、なかなか眠れなかった。マイナスのことばかり考えて深く息をつく。そして、そのうち舞い降りるように彼女の言葉を思い出す。私の悩みなんて小さなことで、考えようによってはプラスに思える。悩むことができるというのは、また、ここから歩き出すことができるということ。何をぐずぐず考えてるんやろう、たびたび立ち止まってしまう自分が恥ずかしい。
暗い部屋に時計の音が響く。彼女の病気のことを知った日に、職場の雑貨店で落としてしまった掛け時計。外側の木の部分に深い傷がついているが、私を包み込むように確かな時を刻んでいる。
2012.3.05.mon 「笑顔なご飯」
雨。一日、雨。休みだからと今日はゆっくりの朝。ジューサーで人参ジュースを作って、一日がはじまる。
休みの日にしたいことというのは家族のご飯をつくること。仕事の日には全くできないから上達もしないし、レパートリーも増えない。段取りも悪いままで、急に何かをつくることが出来ないのが情けないし恥ずかしい。
朝ごはんを食べて、掃除をしてから、昼ごはんの準備。母の畑の菜の花をからし和えにして、のし昆布の煮物と、鮭の粕漬けを焼いて、お味噌汁を作り、母のブロッコリーをゆでたのや小松菜をゆでたのを食卓に並べる。出来るだけいつも、季節の野菜が冷蔵庫にあるように心がけている。昼が終わると、しばらくして、次は夜ご飯。朝の人参ジュースから出た人参の繊維とヒジキと大豆としいたけを煮る。そして本を参考に小芋と鶏肉を甘辛く煮てみた。段取りが悪いから簡単なことが、なかなかちゃっちゃと出来ない。鶴の恩返しではないけれど、作っているところを見られると恥ずかしいかぎり。
昔住んでいたワンルームマンションは、入り口のドアをあけてすぐの通路が流しとコンロという部屋だった。知り合いが家に来た時に、ご飯を作っている私の姿を見て「動きが激しい」と言われた。確かに、冷蔵庫から流し台、流し台からコンロ、コンロから流し台と反復横とびをしているようだったと我ながら思う。一軒家の町家に引っ越してからは流し台とコンロから冷蔵庫が離れてしまって、三角を描くように、よりもっと激しい運動になったことは言うまでもない。
今も、まぁ、あまり変わらずバタバタ、バタバタとする始末。まだまだ、これから。一緒に食べてくれる人のためにも、体が笑顔になるご飯を気持ちを込めて作れるようになりたいもの。
2012.3.04.sun 「まだ序の口」
晴れ。風が冷たい。3月の春気分でいたら、風邪をひいてしまいそう。こんな気候の時にこそ体調の管理に注意すべき。
職場は春に向けてだんだん忙しくなる。今は、まだ序の口だというのはわかっていても、新しい試みが始まると頑張らなければと気合を入れるから余計に神経を使い、終わるとぐったりと疲れる。
さすがに、一日、気を張っていると帰りにはクタクタ。明日が休みであることに少し救われる。大あくびをしながら、改札を出て家に帰る。
2012.3.03.sat 「風呂で読む」
晴れ。風は冷たいが寒くはない。
本を読む時間というのがなかなかなく、ないというよりつくることが出来ない。一時間の通勤電車で読んだりするのだろうと思っていたが、目が疲れてしまうから、今のところは読んでいない。ということで、ちょいちょいと買ってしまう本は、結局、お風呂で読むことになる。先日まで読んでいた本は、言い回しがしっくりこなくて頭に入らず途中で読むのをやめてしまった。風呂タイムには合わなかったのかもしれない。そして、パール・バックの「大地」を読みはじめた。ハードカバーで分厚く重いから、湯舟につかりながらには合わないのだけど、そんなことを言うと、いつまで経っても読みはじめることができない。
なぜ「大地」を読みたいと思ったかというと、母が若い頃に何度も読んだと聞いていたから。母に借りてもいいが、読んで、読んで、ボロボロになった大切な本を借りることはできない。いつか自分で購入しようと思っていると、古本屋にあるわあるわ。本当に読んだのだろうかと思うほど綺麗なままで並んでいた。それも一冊100円とは、立派な装丁の本だけに切なくなる。でも、その値段で購入できたからこそ、お風呂で読んでもいいかと思いきることも出来る。
文字はとても小さく、ぎっしりつまっているから、無理かもしれないというのが頭をよぎる。でも、さすが大作。するすると言葉が入り頭に風景が描かれる。とは言え、お風呂。私はカラス。長く入って読むことが出来ないから、ちょっと、ちょっとと、のろまなカラス。先が気になりはじめたら、母に読んでいることを伝えようと思う。でも、まだまだ、はじまったばかりで、やめてしまう可能性大ということで言ってはいない。
2012.3.02.fri 「3年かかる」
雨。あたたかな雨。春への一歩、一歩、。
家に着いて、ひとりでご飯。冷凍ご飯と野菜と漬物と佃煮。帰りに鶏肉屋で買った120円のから揚げパック。テレビをつけて、黙々と食べる。食べ終わったらラジオにかえて片付ける。一人暮らしの時にはテレビはなかったけど、作る食べる片付けるが一連の流れ作業で、食事が終わると疲れきってしまっていたことを思い出す。ひとりじゃなけりゃ、こうではないのだろうなと考えたこともあった。そんなことを思い出して、ご飯の後の玄米茶をいれる。自分のために、自分の意思で行動する。誰かに頼りきってしまう私に足りないこと。わかっていても時間がかかる。生活が変わると慣れるのに3年はかかる。「ぼちぼちと」では、あかんのかな。ひと息ついて、ウクレレを手にして、静かに自分に問い掛ける。
2012.3.01.thu 「ギャラリー当番」
曇り。ストーブなしでも大丈夫な朝。
久々にジューサーを出して、人参、りんご、レモンのジュースを作る。町家に住んでいた頃に人参ジュースが体にいいと本で読み、ジューサーを買うべきだと言って相方から頂いた。しっかり、ちゃんと続けて飲むことを約束として。そういうこともあって、あの頃は毎日、人参ジュースを作って飲んでいた。そして、絞った後の細かい人参をどうして食べるかを考え、人参を食べるのに追っかけっこの日々だったことを思い出す。冷蔵庫にも、冷凍庫にも人参だらけ、職場でも人参の話ばかりをしていた。しばらく続けていると顔のシミが薄くなったと言われたり、色が白くなったと言われたが、いつの間にかやめてしまい、すっかり元に戻ってしまった。
結婚して2年、朝に時間の余裕がなくジューサーを出すことすら大変に感じていた。1年目より2年目、ちょっとずつ適当に好い加減に出来る余裕も出てきたかもしれないから、またはじめてみよいうかなと考えている。もうすぐ結婚してまる2年。3年目には何が変わると勝手に思っている。でも、人参はバリバリ噛んで甘味を味わうのが美味しいと思うこの頃。りんごやレモンも一緒に入れて、たくさんの栄養を摂取できることもプラスアルファで考えよう。今年こそは、体の中から笑顔になりたい。
今日はSEWING GALLERYで行うブックロア フェアのギャラリー当番。3年前の6年間毎週水曜日に当番に通っていた。その記憶がよみがえる。ギャラリーについて、何をしたらよかったっけと思いつつ、お湯をわかして、掃除をする。窓は全開、入口の扉も、とってしまった。そう、ここは室内でも外同然。寒いのが当たり前だと言って風邪をひくこともあったのを思い出す。
今回の展示は急遽決まったことで、仕事が休みの一日だけ当番をすることになった。ついこの前に決めた展示だからとくにお客様が来てくれることを期待できない。もしかして、夜までひとりかもと思いつつお茶をたっぷり作った。洋裁の生徒さんが来て、話しを聞いてくださった。そして「お会いしたご縁として」と本を買ってくださった。思わぬことで本当にうれしかった。その後、入口に知った顔、イケダユーコさんが笑顔がひょっこり。思わず「え、わかってて来てくれたん?」と聞いてしまう。SEWING GALLERYのホームページで私がいるというのを見て、わざわざ来てくれた。ユーコさんはブックロアから本を出版している作家さんだから、ブックロアのことはよくよく知っている。だからこそ、本当に私に会いにきてくれたということ。その後、洋裁の午後の方々が来てくれた。そして、初めて星ヶ丘に来たという方にも、いろいろ説明やお話をさせてもらった。みんながいなくなって、後少しの時間でもと、ひとり製本作業をしていると、あっちゃんが来てくれる。これまた、私がいることを知って来てくれた。人は人に支えて頂いているのだと思い、嬉しくて、ありがたくて、わぁとしゃべる。その間に、さっきお話しした方が喫茶から戻ってきて本を買ってくださった。今日は来てよかったと、皆に感謝して久々の当番の一日が終わった。
毎週水曜日にギャラリー番をしていた。人と会って話をする時間というのは大切だったと今だから思う。たくさんの方々との出会いや、自然との関わりからの気づきが常にあった。だからこその今の自分がいる。ありがたいことだと心から思う。そんなことを考えながら、星ヶ丘から枚方まで歩く。あの時も、今も、私は私。あの時があって、今の自分がいる。好い一日だったと足どりも軽い。
2012.2.29.wed 「心もほこほこ」
家を出ると雨、枚方あたりではすっかり青空が広がっていた。今日はあたたかい一日になるとのこと。昨夜干した洗濯物も乾くだろう。
昼休みにまた帽子屋へ。奥さんは約束通りに幼稚園帽を準備してくれていた。大きな紙袋に麦藁とフェルトを合わせて20個ぐらいある。それと、ご主人が作ったおじいさんの頭に合わせて小さなサイズに作ったものを3つ。「お子の頭やったら、ちょうどいいと思うんやけど」と、いかにも京都らしい喋り方の奥さん。「おうちがいろんな人に言うてくれはったんやと思って、お礼を言いたかったんや」と言われた時には、“おうち”というのが、なんのことを言っているのかわからなかった。職場の人に、それを言うと知らないことに驚いていた。つまり、奥さんから私に対して「あなた」ということらしい。そんな奥さんと話していると気持ちが、やんわりする。いろんな話を聞きたいと思ってしまう。
預かった帽子を一度家で並べてみようと思う。なかなか大量の帽子に囲まれることなどはないから。そして、誰かの手元に届けたい。かわいらしい帽子だから、私に小さな子供がいればと思うが、いないのだから仕方ない。まぁ、とりあえず自分で被ってみようと思う。
仕事帰りに三回目の鍼灸へ。ご飯を食べて行ったらいいと思っていたが、ひとりで気軽に外食が出来る性格ではなく、どうしようかなと考えこむ。結局、そんな時間もなく着いたから、もう帰りに食べるのもどうかなと、また考える。小さなことで悩む自分はどうなんだと、また下を向く。
鍼灸の方は、あたたまってきていると言ってくださるのが嬉しい。少しずつの変化だから、昨日、今日の気温の上下で治りつつあるのかがわからない。最終的には目の下のクマと、夏のクーラーに耐えられるかでわかるのかもしれない。今はわからなくても、鍼灸をして頂いた後は体があたたかくなっているのがわかる。ほこほこした体で駅に向かっていると、ご飯を作ってくれれていると主人からのメール。よかったと、ほっとして心もほこほこあったかくなる。
夜に雨。物干し場の洗濯物より、外にかかっていたクマのフリースが気になっていた。
2012.2.28.tue 「ご主人の帽子」
晴れ。寒い。昨日の夜、家の前に落ちていたクマのフリースのひざ掛けが、うちの自転車にかかって、そのままあった。
昼休み、昨年の12月の中頃たびたび行っていた帽子屋さんの前を通る。ご主人が他界し、帽子や布の価格を下げて売っていた。12月末と1月と、前を通ることもなかったので、もうお店は閉めてしまったとばかり思っていた。でも今日前を通ると、人ひとりが通れるぐらい戸が開いていて、あと少し残った帽子が手前のガラスケースにまとめてあった。白い紙には「ハンチング他 1000円」と書いている。帽子を見るというより、奥さんに挨拶をしたくて、そろりと店内に入る。ピンポン ピンポン、ピンポンと薄暗い部屋に呼び鈴が響く。しばらくして、奥さんが扉を開けて出てきてくれた。「私、わかりますか?」と二ヶ月ぶりにお会いするから、思わず聞いてしまう。私は来なくても、私が紹介しただろう人が何人も買いに来てくれたから、お礼が言いたかったと奥さんは嬉しそうに言ってくださった。そう、私がお伝えした人たちが、みんな帽子を見に行ってくれたようで、私の方こそ皆にありがとうと言いたかった。店は開けたり閉めたりで、残った帽子を処分するのはもったいないから、誰かの手元に渡るならと少なくなっても見てもらえるように開けているとのこと。ご主人が作った帽子を誰かに手渡したいという奥さんの気持ちが伝わってくる。でも、たくさんの方々が見た後だから、大きかったり、小さかったりと特殊なサイズが多い。デザインを気に入って、サイズが合わないからと旅立ちにくいようで。それを聞いたら、何か自分に出来ることはないだろうかと思ってしまう。
今回は幼稚園用の麦藁帽子とフェルトの帽子を預かることにした。特に購入する人が少ないだろう帽子。誰かにあげる当てがあるわけではないのだが、とりあえず捨てるのはもったいない。「私に何かできるなら」心がふつふつ湧いてくる。昔から知っている訳でもなく、親戚でもない。でも、何故か力になりたいと思ってしまう人。帽子屋の奥さんをよく知る人が「ハタオさんに似たとこあるかも」と言ったのを思い出す。ご主人が誠実に、大切に続けてこられた店。そして、いろんな人を思って作った帽子。奥様もまた、ご主人の帽子が誰かの元に届くことを願っている。大売りだしをする訳でもなく、売っていることを控えめすぎるほど控えめに伝えて。寺町二条西入る帽子屋さん、近くまで行ったら覗いてみて欲しい。
夜に雨。物干し場の洗濯物より、外にかかっていたクマのフリースが気になっていた。
2012.2.27.mon 「皿と笑いを」
玄関を出ると、チラチラと白が舞う。雪。大阪で見るのは珍しい。というのは、ほとんど京都に行っているからかもしれないが。
仕事が終わって、電車に揺られ、家に戻ると「おかえり〜」と元気な声で迎えてくれる。思わず、私も「おかえり」と答えてしまった。今日は我が家で主人のバンド、ガブリエルの練習の日。私もよく知っているメンバーが揃い、いつもと違う賑わいが嬉しい。一年に一回のライブのために、月に一回集まっている。そんな様子を見ていて、自分もしっかり積み重ねていかなければという気持ちになる。
晩御飯は、みんなで近所の回転寿司。大家族になった気分でお皿と笑いを次々に重ねていく。
2012.2.26.sun 「日、音、色」
曇り。
休みの日にはと、窓をあけて掃除機を引っ張りまわす。それから、落ち着いてブックロアの本を送る準備。3月14日に
uta no tane というお店が徳島でオープンする。開店に伴い、全国のリトルプレスのフェアを開催するようで、お声をかけてくださったことが嬉しい。梱包しながら、私の本の「詩(うた)の種」に気づいてくれるかな、なんて考える。
発送作業を終えて、谷町六丁目のギャラリー喫茶 日音色へ。いつも何かとお世話になっているニシワキタダシさんの個展「しかくと三角」が火曜日まで開催されている。ニシワキさんならではの絵と言葉は、かわいいとか面白いだけでは語ることができない。味あるセンスが、なんとも言えないところをくすぐる。作品はもちろん、ニシワキさんのお人柄に引き寄せられた方々が次から次に。そして、店主であり、奥さんであるヨウコさんの日音色で過ごすために来られる方々でいっぱいになる。
2008年8月からはじまった日音色は3月を持って閉店する。日、音、色、すべての漢字に窓があるように、優しい光や、穏やかな風と共に、人との繋がりや時間を、日常の景色とともに紡いでこられた。さいごの二週間は作品の展示ではなく、白い壁に来た方々が窓を記し、窓を奏で、窓を描く時間となりそう。その大切な期間に朗読をさせて頂く。閉店といっても窓を閉じてしまう訳ではない。「いつも在るもの」、日常を見つめることを大切にされているヨウコさん。出会った方々の窓から生まれ続くものを、これからの一歩として考えておられるのだろう。そんなことを勝手に思っている。
私は、「いつも」のなかに立ち止まり、静かに呼吸をする。そんな何気ない日常の窓を、声で綴りたいと考えている。
2012.2.25.sat 「空っぽの夜」
雨。
頭の中によからぬことがふくらんで、気持ちが不安定な午前中。お客様が多く余計なことを考える暇もなく忙しい午後。電車に揺られながら、ぼんやりと頭が空っぽの夜。
今日はもう何も考えずに穏やかに眠りたい。楽しいことをイメージしよう。笑って、笑って、また笑っている自分を思い描こう。でも、それもいいけど、我が愛しき姪っ子ちゃんたちと甥っ子くんのことを思って力をもらおう。お姉さんや妹さんに頂いた携帯電話のメールの写真を眺めて、ひとりでにやける。素晴らしきかな確かな命に、心を無にして「ありがとう」を伝えたい。
2012.2.24.fri 「かずみちゃん、お元気ですか」
朝起きて、何かが違う。外に出て、やっぱり違うと感じる。春が来ている。風なのか、光なのか、空気なのかは、わからない。でも、そんな気がする。いつものように駆け足で駅に向かうのだけど、体がふわりと軽く感じる。昨日の鍼灸のお陰なのかもしれないし、お鍋を囲んでの楽しい時間の余韻なのかもしれない。
昨日、松江から郵便が届いた。DOORで個展を行った際にお会いした方で、「趣味、たそがれ」の言葉がとても印象的だった。その際にお会いしただけなのだけど、作品展の案内を送ってくださることが嬉しい。そして、お人柄を表すような愛嬌のある文字も魅力的。今回、届いたのはご自身のライブのCD2枚。手紙には「送ってみたくなったんで」と、その方らしく自然な感じがいいなと思う。私も、いつかは「趣味は、たそがれです」なんて言いたいけど、まだまだ、これから。好い歳を重ねて、じゅわっとにじみ出るような味のある人間になりたいもの。
2012.2.23.thu 「まぁるい時間」
横須賀は雨。午後から予定があるため、午前出発で関西に戻る。西の天気は雨、曇り。家について、まずは洗濯機を一回転。
お昼すぎに二回目の鍼灸へ。前はどうなるのだろうという緊張があったけど、今回は、なんとなくわかっているからの安心がある。それでも、まだまだ足は冷えていて、気持ちだけで温まってきていると思ってはいけないことに気づく。せっかく行くのだから、しっかり治っていくように体と対話して変化を感じるべき。今日は前回よりも温くなった気がした。少しずつ、少しずつ、体の中から温めてもらう。
夜はマーガレットプレスの製本をしているマイマイを囲んでのご飯会。料理を一品持っていくことになっているが、帰ってから時間がなく、いつものニンジンサラダを作った。
ハマちゃんの家は久しぶりで、そういえば、こんな感じだったなぁと思い出す。今回の集いの面々はマイマイとタマケンさんとエミさんと、家主のハマちゃんと猫のハマダ。お鍋を囲んで笑って、笑って、笑って、そして笑った。東西離れて住んでいても、笑いも涙も一本の糸で繋いいでくれる。仲間って嬉しい。友達ってありがたい。
頂いたご縁に、心から感謝。そんな、まぁるい時間に「ありがとう」。
2012.2.22.wed 「今も生きて」
横須賀は、やはり関西より暖かい。そして、これから茨城に向かう。茨城は寒いと聞くと、いつもより薄着の足元に不安を感じる。
主人のおばあさまの37回忌法要。私はもちろん、彼もお会いすることのなかった女性。おばあさまがいて、お母さんがいて、彼がいる。おじいさまの話しを聞きながら、遠いようで近くに感じる方に思いを馳せる。おじいさまや、集まった親戚の皆様の言葉は、今の気持ちとしてまっすぐ届いた。おばあさまは今も生きている。みんなの笑顔から、素敵な人だったことを想像する。
私はと言えば何をすればいいかわからないから、オロオロ、オロオロ。こういう時にテキパキ判断して動けたらいいのだけど、なかなかそうはできない。でも、お手伝いすることがある方が、私としては落ち着く訳で。出来ないなりにも、自分の居場所を見つけるためにキョロキョロしていた。
予定ではそのまま大阪に戻るつもりだったのだけど、明日も休みを頂いているということで一日延長。なかなかお会いすることのできない親戚のみなさんと過ごす、和やかな時間を心地好く感じていた。
2012.2.21.tue 「東に向かう」
曇り。
法事のため、主人の実家経由で東に向かう。何度も出かけているのに、旅の準備に時間がかかる。靴下は何足いるかとかで悩むのだから、これも冷え症のせいなのだと考える。
2012.2.20.mon 「ひとりでいると」
晴れ、日差しがあって寒さ和らぐ朝。
慌てて何でもしてしまうから、せっかく干していた生姜を床にひっくり返してしまう。今までのことがなんのことやらで、相方にはすぐに言えなかった。ひとりでいると、そそっかしいのがさらに目立つ。慌てない、慌てないと、呪文のように口ずさむ。
2012.2.19.sun 「まっしぐら」
晴れ。
生姜は乾かした方がいいと聞いて、いつも使う千切りのスライサーで、ひとパック半を全部してしまった。しかし、うちには干物を干すための網もなく、ひろげたり、ざるに入れたり、窓辺に置いたりと落ち着きなく、あの手この手。今の家は、冬の日差しに、ほとんど期待できない。やっと半乾きになってから、もっと薄く細かくすればよかったことに気がつく。それに、いっぺんに全部してしまったから、料理に使うものがなくなってしまう。いつもながら思い込んだら、まっしぐら。まぁまぁ、なんとかなるでしょう。
2012.2.18.sat 「染めにおいで」
雲は多いが晴れている。冬らしい一日のはじまり。
お昼前に家を出て星ヶ丘に向かう。裏庭の喫茶 SEWING TABLE COFFEE には、そっと耳元に寄せたくなるような貝殻が、ぽん、ぽん、ころん。みんな、誰かの浜辺の波に引き寄せられて、行くべきところが決まっている様子。旅立つ先の決まったエミさんの器の展示を眺めていると、自分の手元にある数年前の貝の器たちを大切にしようと改めて思う。そして、いつかまた、手の中に寄り添うものと出会う時がきたら頂こう。エミさんが作り続けることを知っているから、そんな楽しみを頂けるのも嬉しい。
そしてギャラリーでは有果里ちゃんの展示、台所ではAOの料理教室が行われていて、有果里ちゃんはいなかったけど、いろんな人に会って気持ちが和む。
学園を後にして、今日の目的地に出発。いつか、いつかと思っていた草木染めをさせてもらいに伺う。先日の朗読会の際に「カズミンも染めにおいで」と誘って下さった。その方は家で草木染めをされていて、教室というのではなく、ご自身の作品を作る工房として染色場所が家にあり、周りの人たちに体験してもらえればと忙しい時間の合間に人を招いて教えてくださる。糸や紙や布など、自然の素材に興味のある私も、もちろん以前から体験してみたいと思っていて、お誘い頂いたチャンスを逃してはならないと、お誘いを頂いて、すぐに手帳をひらいた。
染色には前準備が必要で、どんな色に染めてみたいかと聞かれる。前に星ヶ丘の庭で染め体験をした時には椿の葉っぱを選んだ。椿は生成りとグレーの、とても落ち着いた色になり、今回は赤や黄色の温もりを感じる色にしてみたいと伝えた。その希望にそうように、前日から炊き出して準備をして下さっていて、この下準備が大変に違いない。私は染めたい生地を持って行き、以前に染めたものを見ながら色の再確認。もちろん希望通りにはならないという。例えば、赤に染めるため茜の根っこを煮出すのだけど、その量で色の出方は違うという。多ければ多い方が色は出るし、火にかける時間は長い方がいい。きっと素材との相性もあるだろうし、季節による気温の関係も影響するのだと思う。そこまで言うと、草木染めの素材は自然からなるもの、植物や生物の育つ過程でも変わってくる。それだから、自然とのというのは面白いし、素晴らしい。発色は神のみぞ知るのだと、その方は笑った。なるほどと一緒に笑った。私の思いも加わるから、神様だって本当はわからないような気もする。
布の糊を水洗いで落として、染めたい色のお鍋に入れる。シルクは染まりやすいし、コットンやリネンは少し時間がかかる。長いお箸で優しく揺らし、色むらが出来ないようにする。その傍らで、発色させるためのミョウバン液を準備して下さり、10分から15分煮詰めた布を、それにつけこむ。その際にも色むらができないように、気泡を作ってはいけない。気持ちを込めて丁寧にすることが大切なのだと、ひとつ、ひとつの作業から教わる。染めの作業は人生に通ずる。話を聞くほどに思った。
ミョウバン液に一度つけて色を確認してから機動修正も出来る。このままの色でするのか、違う色を加えるのか、最後にミョウバンではなく、鉄の液につけるのか。出来上がりを想像しても、想像できない。ある意味、賭けのようなもので、思いきった決断が重要になってくる。
染めをさせてもらうことになって思ったのは、染めたものを誰かにプレゼントしたいということ。一枚は今日の記念に自分のためのシルク。希望の色は温もりを感じる濃い桃色。昔はピンクや桃色のものを身につけることに抵抗があったのだが、今はあたたかみのある明るい色を身につけたいと思う。年齢が関係あるのか、今という時がそう思わせるのか。そして、主人を思って染めたオリーブ色のシルクと、濃い橙色のシルク。喜んでつけてくれたら嬉しいのだけど、どうやろう。もう一枚は漂白剤を落とす工程があるので、また今度ということで預けてきた。そして、共に歌をうたう仲間には幸せの黄色のコットン、「ありがとう」を心から伝えたい方々を思ったシルクは優しい夕焼け色になった。どれもぬくもりを感じる色で、誰かを思って染めるからこその特別な色に仕上がったと思う。染め終えて、しばらく待ち、布が乾きはじめて、やっと出来上がりの色と出会うことになる。「どれも、カズミンの色やわ。いい色になったね」と言われると、私だけでしたのではないというに「そうですかぁ」と嬉しくて、にやけてしまう。
何から、何まで準備してくださったからこそ出来た経験であって、誰かを思う幸せな時間を頂いたことに心から感謝したい。ありがとうございました。
染めの終わった時間ごろに、星ヶ丘にいた相方とはまちゃんがご飯を食べて帰ろうと誘ってくれた。太陽のようにあったかい方と過ごす時間が心地好く、大好きな方々を思っていたことで気持ちがふっくら膨らんでフワフワの笑顔が溢れる。そんな気分で二人に会えることが嬉しかった。早く早く会いたくて、走って駅に向かった。
2012.2.17.fri 「藁をもつかんで」
晴れ。雲の間から青空が、のぞいている。風は冷たいが気持ちいい朝。京都は昼過ぎまで雪が降っていた。
ウクレレの課題の曲を常に聞いていれば、イメージトレーニングになるのだろうか。そんなことを考えたけど、iPodなど手軽に音楽を聞くものを持っていない。持ち歩きのプレイヤーなるものは、録音機能のあるカセットテープかMD。大きくても何でも音が出たらいいんやと、どっしり重みのあるMDプレイヤーを持ち歩く。年末の餅つきのごとく、聞いて体でイメージを掴もう大作戦。もちろん実践の練習が重要なのはわかってはいる。でも、藁をもつかんでみようということで。
家の片付けが済んでウクレレを手にするが耳で覚えた手本通りには出来ない。やはり手を動かし、体を動かし、体で覚えることが大切。コツコツ、チャンチャカ練習すべし。
2012.2.16.thu 「ハートの温度」
曇り。寒い。
昨日、鍼灸院に行ったと言っても、一回だけで冷え性が治るわけではない。それより「酷い冷えです」という太鼓判を頂いたと言った方がいい。そんなこんなで、今日はいつもより冷えている気がした。
鍼灸院に行ったということを周りの人に話すのだけど、皆それどころではなく、数日前に占いに行った話で盛り上がっている。みんなの笑う表情を見ていると、占いも心の鍼灸なのかもしれないと思った。心のツボを刺激して、ハートの温度を上げていこう。それは、それで、いいことだと思う。
2012.2.15.wed 「治りますよ」
曇り。
初めて鍼灸院に行く。体の冷えが今一番の悩みかもしれない。冷えがましになれば、冬の寒さも、夏の冷房も恐れることはない。でも、ずっとこの体と付き合っていくのだと諦めもあった。素足にサンダルの憧れというより、心地好い睡眠を切に願う。耳栓、アイマスクで、何も考えない、何も考えないと言い聞かせて寝るのともおさらばしたい。10年もお付き合いしたのだから、そろそろ潮時だと背を向けてやろう。
なんて、強気なことを言えるのも鍼灸院の先生の「治りますよ」の、ひと言のおかげ。もちろん通わなければ治らない。会社帰りになっても、しばらく頑張って行ってみようと思う。目の下のクマがいなくなっていたら、私の体に春がやってきたのだと思ってくださいね。
2012.2.14.tue 「気持ちの隙間」
雨。しとしと降り続く冷たい雨。
いつもの喫茶店で、そして職場の人にチョコレートは渡すのかと聞かれる。考えてないですと返事をしつつも、今日までに何も準備できなかったことが気になっていた。結婚するまでは、何かしらいろいろ企んで楽しんでいたもの。マドレーヌをつくって箱いっぱいに入れてプレゼントしたり、駄菓子のチョコレートを福袋のように詰めたり、何故か缶入りの柿の種をあげて「なんで?」と聞かれたり。今、気持ちの余白がほとんどなく、楽しいことを考えることが出来ない自分がいる。そうやって、余裕がないと言い訳をしてしまう自分が恥ずかしいと、たびたび思う。
いつもより遅い出勤のため帰りも遅い。ロッカーに大きく「お花」と書いた紙を見て、忘れないようにもう一度、心で呟く。二日遅れてしまったが、今月の花はピンクのスイトピーにした。来月にはマーガレットがあるかどうかも忘れず確認。大切な人を思う時間というのは心地好い。自分次第のことだけど、両手ですくいあげてもらうような気がする。
花屋の近くで、ケーキをふたつ買った。7時過ぎということで、さすがにチョコレートのケーキはなかった。そして輸入食品を扱うお店で、彼が好きだと言っていたチョコレートも買った。バレンタインデーってなんなんやろう、なんでチョコレートなんやろうって思いながら。どうしてチョコレートなのかは、何度耳にしてもわからない。でも、好きな人や大切な人を思うきっかけになるならば、誰が何のために考えた日かなんて考えなくてもいい。
膝の上に保冷材の入った小さな箱をのせて、いつもより遅い帰りの電車にゆられる。にっと笑うと心がぷくっと膨らんで、気持ちの隙間にすっと風が通るような気がした。
2012.2.13.mon 「欲しいものリスト」
曇り。低く重たい灰色の空。午後には雨が降る。冷たい雨。
何か気持ちがもやもやしている時には、楽しいことを考えてみよう。そんなことを思った。
昔、友達のウランちゃんと、よく二人で旅に出かけた。電車の待ち時間に何もすることがないからと、紙に欲しいものを順番に書き出す。お金を出せば手に入るものもあれば、気持ちの部分で満たされたいというようなものもあった。欲しいものを書くことで、何かが手元にやってくる訳ではないけど気持ちが少し豊かになるようで楽しかった。そうやって、ふたりで笑っている様子が頭に焼き付いている。
お昼休みに手帳を開いて欲しいものを書いてみた。もともと、あまり買い物をしない。無駄使いできる余裕がないというのもひとつの理由かもしれないが、ある時期以降、気に入ったものを大切にずっと使う人になった。特に今は自分の本を出版したことで、たくさん出費をしたから物欲を抑えているこの頃でもある。それでも、欲しいものもない訳でもない。
ひとつ、煎茶のためのブリキの茶筒。ふたつ、朗読会用の大きめの急須。みっつ、和菓子のためのお皿。考えて書き出してみたものの、急須以外は他の何かで代用がきく。これまで急須も借りて行ってきた。ということで、買わなくてもいいと言うことになる。
結局今は、日々の買い物、新鮮な野菜を買うことで満たされている。本当に欲しいものを購入しているのだから、満たされているのも当然ということで、もやもやとしていることがどうでもよくなってしまった。
2012.2.12.sun 「道のりは長い」
晴れ。陽射しがあって、あたたかい。でも、それは朝だけで、午後はやはり寒い。
帰りの電車でも足が冷えきってしまい、風邪をひいたらどうしようと不安がよぎる。家につくと、ほっとして、そんなことも考えないのだけど、冷えに対しては、ちゃんと治す方向で考えていくべき。
ご飯をたべて、片付けも終えて、少しだけウクレレの練習。思いっきり練習してみたいなと考えつつ、数分で終了。先日の記憶がよみがえったくらい。自分のものになるまでの道のりは長い。
2012.2.11.sat 「こっちも大事」
いい天気。洗濯したいけど時間がなく、ウクレレを出してちょっと練習。仕事のある日は、家に帰ってからなんやかんやしてると、なかなか練習できずに寝る時間がやってくる。みんな、いつ練習をするのだろう。
ウクレレの発表会が3月17日にあって、初めて参加させてもらう。今日はそのための特別レッスン。曲を決めて、みんなで一度練習しての今日。練習はなかなか出来ないが、曲の流れのイメージを膨らませてきた。でも、唄うのも、聴くのも好きだけど、音楽に対して知識がないから、どんなふうにそれを伝えればいいのかわからない。とにかく、頭の中にあるストーリーをレレさんに思い切って伝えた。気持ちや考えを伝えるということは勇気がいる。でも、声に出さなければ、人には届かない。そう自分にいい聞かせて。
レレさんは、一度やってみて、それから考えたらいいからと、私のイメージを聞いてくれた。ウクレレで出会った仲間たちも、聞いて考えてくれた。そして、私たちのオリジナルが出来たと思う。自分だけでは出来ないことを、人との関わりの中で作りだし、みんなであたためていく。レレさんの、ウクレレ レッスンに参加してよかったと心から思う。
しかしながら、思い切って考えていたことを伝えたから頭の中がからっぽになり、気力を使い果たしたのか疲れきってしまった。まぁ、私の人生一度きり。クタクタ、ヘロヘロになっても、大切なことへ真っすぐ気持ちを全力投球していこう。と言って、ここからが本番。練習をしっかりせねば。こっちも大事やねんでと、やっぱり自分にいい聞かせる。
2012.2.10.fri 「ひとり、イチダース」
晴れ。寒さは少しだけまし。久々の日差しが、そう感じさせるのかもしれない。
夜、ご近所さん夫婦が来てくださる。昨日、親戚のおっちゃんが、室津の牡蠣を持ってきてくれた。新鮮な牡蠣をたくさん頂いて、自分たちだけで食べるのではもったいないとお誘いして来てくださることに。散歩がてらの近い距離とはいえ、忙しい中、突然の誘いを受けてくださることが嬉しい。殻つきの牡蠣をレンジで7分あたためる。口が開いた牡蠣にレモンを絞って食べるという贅沢さ。日本酒が似合う風景だといいながら、誰もお酒は飲まない。あたたかい鍋と季節の味を囲んで楽しい話ができるだけで気持ちが和む。ひとりあたり1ダースほどの牡蠣を食べて、お腹も気持ちも満腹に。
自分たちふたりでは、黙々と食べる晩御飯になるところを、お二人が来て下さったおかげで、楽しいご飯会になりました。いつも、和みの時間をありがとうございます。ぜひぜひ、また一緒に何かを囲みましょう。
2012.2.9.thu 「あなたなら、できる」
晴れ。風は冷たい。
親指のあかぎれ、しもやけ、肩凝り、目の下のくま、寝付きが悪い。ここ数日の寒さで、冷えからおこる症状が一気に爆発。そういえば、10年前は、そんなことはなかったと、今の仕事についてからの体の変化を考える。やはり、立ち仕事で足元が冷えたり、夏場の冷房が、体に対してなんらかの悪い影響があるだろう。と言っても流れる年月の中での、年齢による変化も大。それならそれで、歳相応でありたいもの。ということで、まずは、冷えなど気になることから改善していこうと、漢方の本や、栄養の本などをパラパラと眺める。座って、そんなことをしているより、歩いて体を温めたいと思うのだけど、そういう時間をつくることができない今の自分に対して息をつく。こういう気持ちの上下も冷えと関係あるのかもしれない。
ある方が「あなたなら、できる」と笑って言ってくださった。そういえば、これまで何人かの方に、そう言われたことを思い出す。皆、60歳前後、または70歳を過ぎた男性。あらゆることに対面して、多くの経験をしてきたような方々。「あなたなら、できる」という言葉は、私らしく続けていけばいいということ。そして、いろんな経験をする中で続けていきなさい、と言ってくださっているのだろう。何よりのお言葉、ありがとうございます。
2012.2.8.wed 「あわあわ」
雪。寒い。夜空には、まるい月。
星ヶ丘の朗読会を終えて、3月18日に行う日音色(ひねいろ)の朗読会のことを考えはじめている。日音色で行うのは二回目。みんなが輪になって過ごす確かな時間を頭に描くことができる。窓を題材にした展覧会の期間中、私もひとつの景色として参加できることが嬉しい。
そして、17日にはウクレレの発表会。はじめての参加で気持ちがあわあわしている。それはウクレレを手にしていなかったり、仲間となかなか会えないからで、ひとりでもコツコツ練習することが大切だとわかっている。わかっていても、しばらくしていなかった。今日はやっとウクレレを手にして、弾いて、唄ってイメージを膨らます。唄うのが好きなのに、唄が下手だということが頭に舞い降りる。ひとりで唄うなら、これも味でしょと言えるのだけど、みんなで唄うとなると、そんなことは言えない。次にみんなに会うまでに、することが山盛り。とにかく、慌ててしまうことのないように少しずつ準備をしていこう。
2012.2.7.tue 「私たちの扉」
東京も雨が降っていて、静かな気持ちで新宿についた。夜行バスはいつものように眠れないが、そんなものだと思えるようになったから落ち込むこともない。
早朝、まずは生まれたばかりの甥っ子くんに会いに行く。子供の成長というのは早いから、今のタイミングで顔を見られることが嬉しい。真っ赤なほっぺの赤ちゃん姿を、しっかり頭に焼き付ける。そして、お父さん、お母さんになったばかりのお兄さん夫婦の姿も共に。
永井さんの展示会場はふたつにわかれていて、青山のスペースYUIから行く。SEWING GALLERYが出来るまでは、永井さんの作品というのは東京の個展でしか見ることができなかった。だから、夜行バスか、ぷらっとこだまの日帰りコースで行くこともあった。東京の道はわからなくても、YUIの近くまで来ると、片手をあげて笑顔で皆を出迎えてくれる永井さんの姿が思い浮かぶ。パーティーやライブなど、一緒に過ごした楽しい時間がよみがえる。YUIで静かに眺めてから、雨降る中、歩いてタンバリンギャラリーへ。タンバリンへ行くのは初めてで、永井さんが東京でギャラリーをはじめると言った時のことを思い出す。いつも、一歩先のテーマを見つめていた永井さん、地方のギャラリーや場所を巡っていて、次は東京だと言ったことに戸惑った。でも、自分たちの集う場所をそこここに準備してくれていたのだと今は思う。いろんな土地に仲間がいる。会いたい人もいる。みんな、どこかで永井さんと繋がっていて、あぁやっぱり、と出会う約束をしていたかのように繋がったことに納得してしまうことも多い。
タンバリンギャラリーでは、SEWING GALLERYが出来る以前の貴重な作品が展示されていて、写真撮影を手伝った際に見ているというのに、わぁと心に花が咲くように嬉しくなる。ひとつ、ひとつ、行儀よく眺めることができず、あっちいったり、こっちいったり。ギャラリーには早くから来ていた関西の知人がいて、そのあとにも、関西の知人がやってきて、関西の知人だらけで満員になった。その中に嬉しそうに笑っている永井さんの姿も見えるようだった。そして、東京の知人が来て、沼津の知人も来て、永井さんらしい時間が続く。結局、どこへも行かず、ずっとタンバリンギャラリーにいてしまった。でも、どこに行きたい訳でもなく、ここに来たかったのだから、好い時間になったと心から思う。
そして、ひとつ、永井さんの作品を手元に頂くことにした。私たちが永井さんと出会ったころに見て、憧れたものがすべてそこにあるように思う。それは、二枚で一枚の絵となっている作品で、扉のようにも見える。こちらからどこかに行く扉ではなく、そこから何かが入ってくるように私は感じた。何が入ってくるのかは、気持ちを注ぎ続けることで知るのだろう。きっと、愉快なこと。きっと、楽しいこと。さびしいも、泣きたいも、かなしいも、いつかの笑顔に繋がる。私たちの扉。そこからどこに行くのかも、そこから何がやってくるのかも、静かな気持ちで、その時々に見つめていきたい。
2012.2.6.mon 「今、大切にしたいこと」
雨。
仕事から戻って、家を出る時間までぼんやりする。そう、夜行バスで東京に行くため。タンバリンギャラリーとスペースYUIで行う永井さんの展示を見にいく。明日の夜には戻るという強行だが、夫婦ふたりで行くから不安も心配もない。そして、おそらくこの期間中に強行旅をする人が多いはず。今、大切にしたいことは時間とご縁。夜行バスはもうこりごりだけど、眠れなくてしんどいもんだと思えば、安い料金を優先に考えることも出来る。でも、次の日の仕事に支障がでないように心がけたい。ということで、気力、体力を普段から鍛えておくべきだと、寸前になっていつも思う。今回はどうだろう。
2012.2.5.sun 「また来るね」
晴れ。2月は1月や3月よりも、お客様が少なくなるとはいえ、ありがたい賑わい。
朝にパソコンを開くと蟻とステッチのジロウちゃんからのメール。忙しい日々の中で、繕いの朗読会のことを考え、私たちの思いを感じとってくれているのが伝わる嬉しい内容。好い時間だったのだと改めて思うことができた。また、ここから蟻の歩みであっても、地に足をつけて、みなさんらしい活動を見つけて続けて欲しいと思う。私もそんなみんなを励みに続けていきたいと思う。ジロウちゃん、ありがとう。
職場の喫茶のお客様の鞄をちらりと見て、ん〜、あの人の作った鞄に似ているなぁと思った。もしかして、そうなのかな、声をかけてみたいな、なんて思っていると、まさにその彼女に声をかけられる。先日、髪をばっさりと切ったというその女性は星ヶ丘で出会った人。「鞄を見て、えみさんのつくった鞄に似てるなって思ってて」と言うと「そう、えみさんの鞄」と言ってふたりで笑った。ひとつとひとつと、またひとつがくっついて、繕い合って笑いが生まれる。嬉しいなと感じる瞬間。「また来るね」と言った彼女の耳には、ちいさなお花。あったかいものをもらった気分で、笑顔の余韻が静かに続く。
2012.2.4.sat 「忘れず続けて」
晴れ。久々の休みで、ゆっくりの朝。今日行う30分の朗読の練習をする。早く行きたかったのだが、家のことを済ませて、やっと2時前に家を出た。
ギャラリーに着くと、葉書の並ぶ様子を眺める。10年目の繕いの便り展をはまちゃんが繋いでくれていることが嬉しい。はまちゃんが、お声をかけてくれているからこその新鮮な風も感じる。私は葉書を追加することができず。「ぼちぼちと」は、本当にぼちぼちで。でも、参加できてよかった。
夜の朗読会には10人ほどの人たちが参加してくださった。蟻とステッチの方々がこれから一歩、一歩と踏み出すきっかけになって欲しい。そんなことを思って企画した朗読会だから、いつもと違う気持ちが自分にはあったのかもしれない。
昨日にテンコさんとはまちゃんが作ってくれたゼンザイと私がいれた玄米茶を皆様にお配りする。余裕を持って準備の時間をとっていたが、はまちゃんは餅を焼いたりで大忙しであっちこっち走っていた。そんながんばりと心遣いのおかげで、来てくれた方々にほっこりあったかを味わっていただくことが出来たと思う。はまちゃん、テンコさん、ありがとう。
はまちゃんの言葉で朗読会が始まる。まずは、蟻とステッチの3名から。どんな朗読をされるかわからないということで30分ずつという進行にした。おひとりずつの朗読であれば、もう少し長くてもよかったかなと演出の方を考える。それでも、みなさんは冊子を準備していたり、時間の中での進め方も考えていて、会に気持ちを注いでくださっていることが伝わってきた。そして、みんなの緊張も一緒にびんびんと伝わってくる。みんなの朗読が終わり、私の番。今までに読んだことのないものと、繕いの便り展、そして人から人に心を伝えることに思いを込めて朗読した。でも、みんなの緊張と自分の緊張をほぐしたいから、みなさんの顔をしっかりみてお話しをすることに心がけた。さて、それがどうだったのか、好い空気になったのだろうか。
朗読が終わり、蟻とステッチのみなさんのすっきりとした表情をみて、私もほっとした。先輩面をするわけではないのだけど、最終目標として「朗読」をすべきだという気持ちですすめたわけではない。ただ、そんな発表を自分たちで決めて行うことができるということ知って、これからしていきたい何かを見つけるきっかけにして欲しいと思った。私は永井さんに文章を書くこと、ものをつくること、それらを発表するために人前で読むこと、唄うこと、楽器を弾くこと、なんだってできることを教えてもらった。そんなことから、その人らしい、その人だから出来るオリジナルを見つけたらいいんだということを知った。恥ずかしいなんて思っていると、もったいないような気がしてくる。一度きりの人生なんやから楽しいほうがいいやんって。もちろん、参加費をいただいて一時間お付き合いいただくのだから、責任もって、その時間を作り上げる。そのためにしっかり準備をして、めいっぱい気持ちを注ぐことも大切。私もそのことを忘れずに続けていきたい。
朗読会が終わり、ハマちゃんたちとご飯をたべて、笑って話して、ほっとした。自分だけの会ではないことで、いつもと違う力が入っていたように思う。疲れがどっと出て「よかったんよね」と自問自答。蟻とステッチのみんなが、どんな気持ちでこれからを考えていくのか。そんなことが、この朗読会が落とす種となるのだろう。
蟻とステッチのみなさんお疲れさまでした。来てくださったみなさん、ありがとうございました。そして、ギャラリーのハマちゃん、いろいろありがとう。
さぁ、次は
日音色で行う朗読会。気持ちを入れ替えて歩いていこう。
2012.2.3.fri 「ここから始まる」
節分。とても寒い朝。数日、30分遅い出勤だったため、普通の出勤時間の今日はペース配分がくるいまくり。フキン干しなど、出来るだろうことが中途半端で家を飛び出した。でも、二回目の乗り換えで、いつもの電車ではなかったり、乗る人が少なかったりと、何かが違うことに気がつく。家を出る時間を間違えたらしく30分早く京都についてしまう。
繕いの朗読会と勝手に名付けイメージを膨らます。朗読よりも聞いてもらいたいことが、いっぱいあるようで30分が短く感じる。詩画集を出版し、自分にとっての大切な時なのかもしれない。考えることが多い時期。蟻とステッチの方々にとってもそうであるだろう。今後に続く好い時間を過ごされていることを願う。SEWING GALLERYのハマちゃんも、朗読会についてと私たちの紹介を書いてくれた。前日であっても嬉しい。ここから始まるのだから、なんであっても「心」のひとつ、ひとつが嬉しい。ありがとね。我が友よ。
物干場の植木をみると、シャコバサボテン、クンシラン、カランコエが力無くうなだれ、葉をだらりと落としていた。恐らくここ数日の寒さによる霜や雪で弱ってしまったのだろう。椿や南天などの枝ものとは違い、多肉植物は自身が水分を多く含んでいるから寒さに弱く、冬は室内に入れてあげるべきだったことに気づく。寒い、寒いと自分たち人間のことばかり考えていたからと、かわいそうな姿を見て反省。何年経っても上手く育てることができない。それでも長い付き合いで、新しい葉を出す植物たち。もう一度、チャンスをくれるだろうか。そんなことを思いながら、物干場から部屋の中に鉢を移す。
そして、寒い寒いと言っていた人間は久々にシモヤケに。足の指さきがうずうずする。痒くなったり、冷えて痛くなったりするたびに、うちの植物を思うことにしよう。これば治るころに、植物も元気になると思いたい。
2012.2.4.sat -蟻とステッチ+畑尾和美 朗読会−
SEWING GALLERY 『繕いの便り展 #10』開催中
「手元、心のそばに一枚の葉書が届くような、
ぬくもりを囲む時間を一緒に過ごしましょう」
参加ご希望等の詳しいことはこちらをどうぞ
http://sewing-g.com/sg/2011/12/10.html
2012.2.2.thu 「繕いの言葉を」
晴れ。京都も大阪も雪がちらつく。ラジオでは寒さのピークは今日だと言う。でも、まだ2月。油断はできない。生まれ育った高槻では2月末に天神祭が行われる。その天神さんの時期が一番冷える時なのだというのが、頭に焼き付いている。
家のことをすませて、朗読会の練習。まだ文字にしていないというか、出来ていない気持ちがあるから、出勤時間などに歩きながらブツブツと声にしている。きっと、すれ違う人や、後ろを歩く人は怪しんでいることと思う。その気持ちを文字にするために、夜中にひとりで声にする。心を読み伝えることも「朗読」であるならば、と考える。
今、伝えたいことがある。届けたい思いがある。深呼吸して、落ち着いて向き合おう。大切な時間を過ごすためにも、繕いの言葉を真っすぐ綴りたい。
2012.2.1.wed 「土に染み込こむ」
雨。とても冷たい雨。
昨日の夜、些細なことで気持ちが落ち込み、いつしか苛立ちにかわる。そして、そのイライラが今日の朝も残っていた。
雨や雪は土に染み込こむ。自分の気持ちも、そんなものだと思えば、形のない不快なものを気にしていることが、なんとも小さなことだと感じ始めて、そのうちどうでもよくなった。でも、忘れてしまってすっきりするのではなく、頭に染み込ませて気をつけていこう。電車に揺られながら自分の気持ちと対話をする。そして、そのうちイライラはすっかり消えてなくなっていた。
寒さや体の冷えと、バタバタと日々を過ごしてしまうことに原因があるのかもしれない。深呼吸せねば。ぼちぼちとやで、と言い聞かせて。
最近、童謡や唱歌を聴きたくてCDを購入。100曲のうち何曲かしか聴いていないが、ちょっと聴くだけでも、母が唄っているのを頭に描く。きっと昔に唄ってくれたのだろう。唄だけではなく、本もまた以前読んだものを読み直したいと思っている。浜田廣介、坪田穣治、小川未明、新美南吉、ケストナー。新しいものばかりを追いかけるのではなく、語り継がれているものに何か大切なことがあるように思う。と言って、ポンキッキのCDも欲しいのだから、昔を懐かしみたい自分がいる。最近、姪っ子ちゃん、甥っ子くんが身近に誕生していることもあって、子供がいたら、どんなものを聴かせたい、読ませたい、読んで聴かせたいと、いろんなことをめぐらせていることも確か。と、その前に自分が楽しみたいのも確か。
2012.1.31.tue 「雪が降って」
晴れ。風は冷たい。ラジオは北の地域の大雪を伝える。京都も日中、はらはらと雪が降っていた。明日、明後日がさらに寒いらしい。
繕いの朗読会のことを考える。先日、降りてきた言葉は書き留めておかなかったから、もう一度湧き出てくるのを待つことにする。背中を押してくれるのは先人の言葉。山之口貘さんの「詩とはなにか」を読みなおす。そして、私自身の思いを見つめる。
2012.1.30.mon 「心にずっと咲き続ける」
曇り。全国的に寒い日が続くらしい。新潟や長野の雪降る町に住む知人のことを思う日々。
4日に星ヶ丘で行う「繕いの朗読会」の文章を考える。書きたいことがあるから、紙に向かって、パソコンに向かって、やっぱりノートをひらいて悩む。結局、ひとつしかまとまらず。書きたいことはあるんやけどと息をつく。あんまり深く考えんでいい。まずは思いのまま書いたらいい。そう、自分に言い聞かせる。
岡山の451ブックスのユキさんが朗読会の日のことを書いてくださいました。読んで涙がでました。ありがとうございます。そして、ご縁を繋いでくださったお二人にも心から感謝。初めて会った時も、二度目にお会いした時も覚えています。頂いたお花も心にずっと咲き続けるように毎日眺めています。
次に会う時には一歩も二歩も踏み出した自分でありたい。さぁ、コツコツ頑張らねば。
2012.1.29.sun 「繕いの朗読会」
空気が冷たく晴れ渡った空。ホームで浮かぶ雲を見ながら、ぼんやり考える。もうすぐ2月なんだと。
2月4日に星ヶ丘のSEWING GALLERYで朗読を行う。今回は私ひとりで一時間行うのではなく、永井さんのワークショップから生まれた“蟻とステッチ”のみなさんと一緒に。蟻とステッチは永井さんが行っていたワークショップの名前で、参加し出会った方々が気持ちを共にし言葉を綴ることを通じて、それぞれの日々を見つめるような仲間となった。せっかく出会った仲間。何かをしたいという気持ちを持ちつつ、日々の時間にその思いが流されてしまうことが勿体なく感じて、お節介で時々思い切りのいい私が「じゃ、一緒に朗読会をしよう」と提案した。ギャラリーの代表のハマちゃんも、永井さんがくれた出会いを大事に繕いたいと思っていたから、話しは早い、即決定。蟻とステッチのみなさんが、その日に向けて準備をしていくことで、これからどうして行きたいかを見つめるきっかけになればいいなと思う。
と言って、昔の仲人のようなお節介おばさんのような私も「繕いの便り」をテーマに30分ほどの朗読を考えている。SEWING GALLERYは私にとって、優しくもあり、厳しくもある。包み込み、背中を押し、手を差し延べる大らかな場所。それは、母であり、師であり、友でもあるのだろう。今の自分自身を確かな声として届けたい。気持ちは外にあらわさなければ届かない。綴った手紙は手元に置いておくだけでは心を繋ぐことは出来ない。繕いの便り、一枚一枚の葉書に心を綴るような声の時間をイメージしたいと思う。
朗読会には、もう少しご参加いただけます。テンコさんが美味しいぜんざいを作ってくださることもあり、参加人数に限りがございます。ちょっと行ってみようかなと思う方は、SEWING GALLERY、もしくは畑尾までご連絡ください。私も我が家の味である玄米茶をご用意致しします。
大切な人を思う繕いの時間を、ぜひ一緒に過ごしましょう。
2012.1.28.sat 「エラサガチガウ」
曇り空。ひくく、重たいグレーの空。
訳あって5時に目が覚める。それから、また目を閉じた。それがいけない。二度寝をすると夢の世界にのめり込んで、その時限りの物語の中で生きてしまう。もちろん内容はなく、訳がわからない。そのうち、これは夢だと気づいて目が覚めたら家を出る15分前。慌てて起きて、前日に準備しておいたゴミ出しや、なんやら、かんやらをする。相方はいない。早くに出かけた形跡がそこここに。その片付けを途中までして慌てて家をでた。
仕事帰り、夜空を見上げるとバナナのような、平たい器を横から見たような細い月。笑った口にも見えて、ディズニー映画の「不思議の国のアリス」に出てくるチシャ猫を思う。我が姪っ子ちゃんは空を見上げて唄うだろう。エラサガチガウと。
2012.1.27.fri 「呼ばれているような」
朝にパソコンを開くと新潟の友人からメール。「一面の雪景色。寒いです」の言葉を見ると、こっちでチラチラ雪が舞うぐらいで寒いなんて言ってられない。いろんな土地に知り合いが出来るということは、私自身を大きくするような気がする。
家に着くと、ブックロアの感想カードが届いていた。松江から。DOORでの展示の際にこられないからとお手紙をくださって、その後、京都まで来てくださった方。本を購入しようと思っていたら、誕生日のプレゼントで手元にやってきたとのこと。自分の知らないところで、自分の本を通じての物語が生まれていることが嬉しい。
ずっと挨拶にいきたかった岡山で朗読会をおこなった。高知にも行った。次は松江と名古屋に挨拶、そして金沢に営業に行かねばと思っている。だから、松江からのメッセージは呼ばれているように思った。呼んでくれているように感じた。
2012.1.26.thu 「そんな存在」
晴れ。寒い。家の中はあたたかいものだと思うから余計に寒い。外は寒いもんだから寒くてもなんとも思わない。頭というのは時々やっかいなものだと、やっかいものの頭が考える。
足が冷えると眠ることが出来ない。お湯をわかし湯たんぽを準備して、隣の布団にしばらく入れておく、そして寝る前に自分の布団の足元に入れる。冷えた足先を湯たんぽに引っ付けて温めてから、体の近くに引き寄せる。縫いぐるみみたいにぎゅっと抱きしめたら、低温火傷をするおそれがあるので、いい距離を保つように心掛ける。壊れやすい卵を抱きたいけど、おっかなくて抱くことができないような感じ。でも、そばにあると安心して眠りにつくことができる。寒がりの私にとって湯たんぽとは、そんな存在。
2012.1.25.wed 「今日は何曜日?」
寒い朝。昼過ぎには京都は雪が降っていた。新潟はきっと積もっているだろう。岡山の気候はどうだろうか。安曇野も真っ白かもしれない。高知はそれでも暖かめかな。心の支えとなる日本各地の方々を思って考える。
昼休みには日本地図を購入しようと思って本屋にいった。大きいのにするか、小さいのにするか迷って時間切れ。朗読行脚の旅先のしるしをつけていこうかと思う。
夜に451ブックスのユキさんが、その後のお話をメールでご連絡くださった。実際、お会いしているから頭の中の想像もむくむくと動き出す。そして、温もりと共に言葉が胸に響く。そういえば、我が本「九月の朝顔」出荷率ナンバーワンは、もちろん岡山。そんなに注文がないということもあるけど、改めてありがたいことだと感じる。朗読会を行った岡山市のpieni..では、引き続き作品の展示をしてくださっている。店主の笑顔に引き寄せられるように、たくさんの笑顔が集まってくる場所。ぜひぜひ行ってみて欲しい。
2月17日より永井さんの写真の巡回展が岡山市、公文庫カフェで開催。それに伴い、pieni..では18日に小山千夏さんのものづくりのワークショップ、19日に蟲文庫では村椿菜文さんや坂本真衣子さんの朗読会も開催されるとのこと。偶然なのだけど、なんだかこの冬、岡山づいているような気がする。残念ながら、その時期に用事があってうかがえないが、自分も参加をしているようで勝手に嬉しくなっているこの頃。たくさんの方々に、あたたかな岡山時間を素敵な場所で過ごしていただきたい。
大阪に着いて、寒いなぁと思いつつ大あくびをしながら家に戻ると、朝に出したガラスや缶のゴミが玄関先に残っていた。あぁ、気づいてもらえなかったんだと思って、家に持って入って考える。あれ、今日は何曜日?火曜日の資源ゴミの日だと思っていたら水曜日。普通ゴミの日なのに勘違いしていたことに気がついて、ひとりで笑ってしまった。ゴミの日を通して曜日のめぐりを意識している。旅に出ていたことによって、なんだかわからなくなってしまっていたようで。いつもなら失敗をしばらく悔いるのだけど、笑っている自分。旅に出たことで、何かがかわったのかもしれない。
2012.1.24.tue 「繕いの言葉」
曇り。かなり寒い。朝のラジオで、関東では大雪とのこと。京都もそうかもと到着先の空を思いながら電車にゆられる。
そろそろ、星ヶ丘のための朗読会に気持ちを注ぎたい。今回は私ひとりではなく、永井さんのワークショップから生まれた“蟻とステッチ”の方々と一緒に行う。ギャラリーの代表のハマちゃんが繋いでくれているから安心ではあるが、その気持ちにこたえられる時間にしたい。いろんな出会いを思い出しながら、繕いの言葉を思い描く。
2012.1.23.mon 「恐らく冷えから」
曇り、そして午後から雨。高知や岡山はあたたかかったことを思う。
昨日までの駆け足の二日間は充実の長距離マラソンで、その余韻に浸る一日。次の準備をしたいが、目の前のすべきことが気になる。それより何より、昨日、旅から戻り腰に激痛。布団を敷くのに「痛い」を何度も口にする。恐らく冷えからの腰痛だと思うが、かばいながらの次の日。腰をあたためつつ、451ブックスへ追加注文の我が本を送る準備。
2012.1.22.sun 「心の根っこ」
朝起きて、時計を見ると信じられない時間。予約していたバスの出発時刻10分前。え、え、あ、あ、もう何をすればいいのか分からず、諦めた相方を横に、チケットに書いてある電話番号に慌てて電話をかける。乗り遅れたことを伝えた方がいいだろうと思っただけなのだが、かけた先はキャンセルの払い戻しセンター。まさに出発時刻になって、何が言いたいかわからない電話で向こうも困っている。結局、流れのまま、特別にキャンセルして頂くことになり、チケットの送り先を聞くと北海道。岡山から高知に行く前に北海道の人としゃべっている私。何がなんだかわからない。
一本後のバスのチケットを買うことも出来て、ほっとしてパン屋さんに入ると、昨日、朗読を聞いてくださった方に出会う。こういう風になっているのだと、慌てた時間もプラスに感じる。まぁ、旅はぼちぼちとなるようになるということで。
11時過ぎ発のバスに乗り、昼間の景色を見ることもなく目を閉じた。気づいたら瀬戸大橋を渡り目的地到着。そんなこんなで、高知に来たのだという実感がわかない。それでも、私にとって初高知。ずっと来たかった土地。というのは、本を扱ってくださっているお店や、そこを紹介してくださった方々に挨拶に伺いたいと思っていた。
バスが一本遅れたこともあるが、夕方には電車で帰るのでゆっくりする時間はない。まずはお城に続く日曜市へ。30年以上の歴史がある有名な日曜市は、地元の方々が行っていることが気持ちよく感じた。生姜、ぶんたん、柚子、田舎寿司、鰹、何か欲しいと思うのだけど、次から次に店が続くから目移りしてしまう。結局「ひがしやま」という干し芋と、おじいちゃんが銅でつくったコーヒーのお湯差しを購入。全くそういうつもりではなかったのに、銅細工のおじいちゃんの話しがもりあがり、「商売してる訳じゃないき」と言いつつも、しっかり商売されていて、それが面白くて旅の記念にひとつ頂くことにした。
土地のものを食べたいと、いろんな屋台のあるところに行ったが、昼時でいっぱい。普通の和食のお店に入ると、ここは今日までで移転するからとコーヒーをサービスしてくれた。そんなことも今日という日の思い出のひとこまとなる。
本を置いて頂いているグラフィティへ歩いて向かう。川添に並ぶ白壁の倉庫を目指していくと休みだった、というのは道を挟んだ向こうに藁工ミュージアムという美術館が出来ていて、グラフィティで本の担当をしてくださっていた方は、そこの学芸員をしているとのこと。手紙やメールだけでは知りえないことを、実際に会いに来て理解する。そして、しばらく連絡がなかったことも納得した。それでも担当してくださっていた方にお会いできてよかった。目的をひとつ達成。
次はグラフィテイを紹介してくださったボンコアンへ。最初にお手紙の返事をくださった方はやめられたことを知っていた。でも、次の方も七夕の短冊をくださっていたので、もしかしたら畑尾の名前もわかるかもと小さな期待を持って伺う。そしたら、思わぬ展開。もう声をなくすぐらい喜んでくださった。何もわからない土地に来て、会いたかったと言ってくれることほど嬉しいことはない。あぁ、来てよかったと心から思った。初対面ながら、以前から知っていたように笑ってお話させて頂いて、本のことを伝えると、置いてくれるかもしれないとあるお店を教えてくださった。そこは私たちが行きたかったお店で、何かが繋がった気がした。紹介してくださったterzo tempoは、日本家屋を喫茶にしていて、本やCDを少し置いていた。キョロキョロと見回していると店主が「ハタオさんですか?」と声をかけてくださった。ボンコアンのマリコさんが電話で連絡をしてくれていた。店内には優しい光と、心地好い音楽が流れ、珈琲のいい香りがした。本棚には永井さんの本もあって、そっと背中を押して頂く。ゆっくりと過ごしてから、ブックロアのこと、私の本のことを伝えた。また連絡をくださるということで、ここから何かあたたかな繋がりがはじまる気がした。旅のお土産にボンコアンのマリコさんが作った日めくりカレンダーを購入した。
6時半には電車に乗って大阪に向かう。駅でお土産などを見て出発の時刻までゆっくり過ごす。「また、ゆっくり来たいね」そう話して、アンパンマンの音楽とともにやってきた南風という特急に乗って目を閉じた。
岡山、高知の二日間の旅。どちらともに、人と人と、そして人との関わりや繋がりの大切さを思った。やはり、実際に会いに行って、顔を見て話すことが大切。メールや手紙だけの繋がりにはない確かな温度、温もりが心に生まれる。これから時間がかかってでもいいから、お世話になっている方々に会いに行きたい。心の支えとなる会いたい人たちに感謝の心を持ちつづけたいと強く思う。
今回、夫婦ふたりで行くことができた。3月で結婚まる二年となる。そんな私たちにとって大切な二人旅になった。そう言えば、先日、喫茶のお客様が「もう結婚して何十年も経つけど、夫婦で出かける時は“シンコン”旅行という」と言っていた。その方は「新婚」ではなく「心根」で、互いの確かな心を感じ合う旅なのだと話してくれた。私たちの場合は夫婦ふたりのというより、出会う方々との間に根っこを伸ばす「心根旅行」なのかもしれない。出会いの旅、感謝あふれる二日間だった。
2012.1.21.sat 「岡山の朗読会」
朝6時の電車に乗るために4時過ぎに目覚ましをセットした。でも、起きたのは5時20分で、ゴミ出しやお風呂掃除をしたいから、あぁ、もう無理だと諦めた。相方も起きて紅茶を入れたり、落ち着いて準備してるのを見て、落ち着けば大丈夫かもと不安がなくなる。外は雨、まだ暗い。したいことをしてから、なんとか予定の電車に乗ることができた。
今日は岡山で朗読会を行う。451ブックスのユキさんに相談してから三ヶ月ぐらい。もう当日が来てしまったんだと少し淋しくもなり複雑な気持ち。
在来線に乗って、まず向かうのは倉敷。岡山に行くのならば、やはりお世話になった、あの店に行きたいと連絡をしていた。そう、古本屋の
蟲文庫。2008年、私の『九月の朝顔』は、ここから始まった。そして、思い起こせば、ものづくりを始めて二度目の個展を蟲さんで行った。永井さんが話すコタツのある本屋という話が気になり、年明け早々に押しかけてしまったことを思い出す。それは2002年のことだった。
前回の個展から4年ぶりぐらいに伺う蟲文庫は、少しずつ棚の位置がかわっていても、やっぱり変わらぬ蟲さんで、店内の空気もそうだけど、おさげに目がねのミホさんの穏やかな笑顔にホッとする。もうすぐ、お店のことを書いた本も出るということで、それも楽しみ。
岡山市に電車で戻り、初めてお会いするユキさんに車で迎えに来てもらった。考えてみると岡山県には何度か来ていても、岡山市は初めて。ちなみに451は玉野市にある。
pieni..(ピエニ)に着いて、店主のヒデミさんにご挨拶。私の作品も展示してくださっていた。ピエニは小さな学校のようなお店で、いろんな教室を常に行っている。椅子があり、テーブルがあり、ここで、いろんなことを皆が学んでいる。永井さんのワークショップに通っていた私もそうだったように、次の一歩を踏み出すきっかけを見つけにきてるのかもしれない。ここに来れば何かが始まる。ピエニはそんな場所なのだろう。
朝ご飯を食べずに倉敷に向かって、美観地区の喫茶店でコーヒーとトーストだけを食べた。そんな私たちのために、ユキさんがおにぎりを作ってきてくれた。何から何まで、ありがたく、お心遣いに感謝。
今回の朗読会は昼にしか来られない方もいるということで二回行うことにした。もし誰もいなくても、まずは会や場所に携わる方に聞いて頂くことに意味があると思っていて、その気持ちも伝えていた。しかしながら、どちらの回も、たくさんの方々が参加してくださるとのこと、もう本当にありがたく言葉がでない。と言いたいが、朗読をしに来ているのだから、感謝を声で伝えたい。
ユキさんの提案で、私が皆さんに、ほうじ茶を入れて始まった。ユキさんの妹さんが作った胡麻のクッキーときな粉のクッキーと一緒にお渡しする。雨上がりの光が、大きな窓から差し込み、優しく包みこんでくれるのを感じつつ、言葉を声にした。朗読から生まれた本を開き、また声で伝える。幸せな時間だった。
夜の会までの間に、451ブックスに車で連れていってもらう。ずっと行きたかったお店で、今回の大きな目的でもあるから楽しみで仕方ない。湖の近くにあるブルーを基調とした建物に大きく白抜きで451BOOKSと書いていて、相方と二人「わぁ」としか言葉がでない。ガラスごしに見える螺旋階段、その下で店主であるご主人が穏やかな笑顔で迎えてくれた。狭いから、狭いからと聞いていたが、宝探しのように興味津々心をつつかれる。階段ごしに見る本棚が、幼い頃に描いていた世界に似ていた。
小学生の頃、家の近くに空き地ができた時「ここに、何ができたら嬉しいやろ」と友達と話した。私は大きな図書館と答えた。「大きな」というのは、空に向かって遥か高くという意味で、不思議の国のアリスが穴から落ちた時に、その穴の壁に本が並んでいたという描写か挿絵に憧れていた。階段ごしに眺める本。まさに私の夢みた景色が目の前にあった。
お店には、私たち以外に男性がふたりいて、どなたかの子供にプレゼントする本を探している様子。見るからに絵本売り場にいなさそうな感じの体の大きな男性で、そんな体格とは関係なく「何時間でもいられるわ」という呟きに、同感、同感と頷いてしまう。その男性に本棚を譲りあいながら、すれ違う笑顔がキラキラと輝いてみえた。そして、相方も私も451の空間に夢中になっていた。ずっといたいが、いつまでもいられない。名残惜しくなりつつ、夜の回のためにお店を後にした。
夜のピエニは、また違う光の表情で、外から室内を見ると温かさを感じるだろうなと思った。そして、ガラスで囲まれた空間は外の暗さで狭く感じつつも守られているよう。だから余計に人でいっぱいに感じる。
夜の会の方々に昼とは違う内容の朗読を聞いていただいた。昼も夜も、皆様、本を購入して、サインを求めてくださる。私は教科書の裏の名前のようなものしか書くことが出来ないと言って、皆さんとお話しながら、万年筆で名前を書いた。相方は「目の前で、こんなに売れるのを初めて見た」と言った。夢かもしれないと、私も思った。
会の後には、朗読を聞いてくださった方々も残って、一緒にご飯をたべにいく。皆さんが仲良くしている方のお店で特別メニュー。何から、何まで、私たちのためにと準備してくださっていることを思うと、感謝やありがとうより、もっと伝えたい言葉を探していた。
「また来ます。また会いましょう」と、この大切な時間を皆様にいただけたことを胸に、歩み続けていくことを誓う。そして、やはり、実際に会って、確かな時間を共に過ごすことが大切なのだとつくづく感じた。そう思うと、まだまだ行くところがある。そして、また会いにきますと約束したい。
そう、朗読を聴いてくださった方にお花を頂いた。SEWING GALLERYの展示で二回お会いした方。この日をずっと待って楽しみにしてくださっていた。私のことを思って、お花をお願いしてくださったことが、とても嬉しかった。
素敵な場所を貸してくださり、作品を愉しんで気持ちを込めて展示してくださったピエニのヒデミさん、会に参加してくださった皆様、いつも本をお伝えしてくださっている451のケイタロウさん、そして、今日という素晴らしい一日に気持ちを注ぎ、心温まる時間に呼んでくださったユキさん、心より、心より、ありがとうございました。そして、また会いましょう。
2012.1.20.fri 「後はライブ」
曇り空。いつ雨が降ってもおかしくない天気。
昨日、相方が大阪梅田の大型書店“MARUZEN&ジュンク堂”に行ったようで、我が本『九月の朝顔』を面だしで置いて下さっていたとのこと。大阪で本をご購入の方は、5階の書棚「芸術 20:画文集」でお探しください。購入目的ではなくても、店員さんに問い合わせて見るとか、ちょっと刺激をしてみることもお勧めいたします。まぁ、なんともならないとは思いますが。また、ここの書店に置いていたよ情報もお待ちしています。私が嬉しいだけですが。
朗読に出掛けると言っても長旅ではない。それでも、私自身のひと区切りだから、細々とすべきことを済ませておきたいと思う。ここで「まっいいか」と思うかどうかで、心持ちがかわる訳で。そして私はタバタしてしまう方で、前日の今日もすることが頭の中に盛り沢山。
夜に持ちものを最終チェックと、時間はかって朗読の練習。でも、喉のことも考えて、間の話を入れて一時間だけにしておいた。後はライブということで。寝たのは2時過ぎだった。
□ 1月21日土曜日に岡山市の pieni.. ( ピエニ ) にて、451BOOKS 主催の朗読会を行います。 詳しくは、畑尾和美朗読会 web をご覧ください。 http://pienitori.web.fc2.com/hatao/hataokazumi.html
2012.1.19.thu 「久々の雨」
曇り空。午後から雨になるとラジオで言っていた。
年が明けて、いろんなことがクリアになった気がしていたけど、実はすることがいっぱいあって、やることもりもりの波が、そこまで来ていることに気がつく。繕いの便り展に出した葉書のように“ぼちぼちと”と思いながら、すべきことリストを書いてみる。ほとんどが、明後日の朗読会の準備で、それが終わると星ヶ丘での朗読会のことにつづく。3月のウクレレの発表会も仲間と盛り上がっているが、私自身のやるべきことにまずは向き合うべき。ウクレレを三回ほど弾いて、バタバタと家をかけまわって岡山に向けての準備をする。落ち着いて、練習もせねば。
一日中、冷たい雨が降っていた。久々の雨に肩の力を抜いてもいいんだよと言われているよう。朗読への緊張はない。会いたい人に会うことが出来る喜びを感じている。
2012.1.18.wed 「かけがえのない出会いへ」
晴れ。掃除、洗濯、昼ご飯、休みだからできることをする。そして、落ち着いてから岡山の朗読会の準備。今回初の2時からと7時からの二部構成。せっかくだったら、別の内容にしようと思っている。町家の話と家族の話で進行を整える。今は『九月の朝顔』という本があるので、それをもとにして進めていく予定。451ブックスのユキさんやピエニのヒデミさんのおかげで、どちらの会でも、心地好いぐらいの人数が来てくださるとのこと。私がユキさんに「いつか、いつかじゃ、いつになってもできない。“いつか”と思った時こそが“今”だと思う」ということをメールで伝えた。そのことから、場所を考えてくださり、フライヤーを作ってくださり、いろんな方々に声をかけてくださった。結局、自分はというと、この日記で告知というか、呟いたぐらい。今までもそう。ユキさんに感謝すると共に、これまでお力をかしてくださった方々に感謝の気持ちが溢れる。本という形にした今だからこそ、かけがえのない出会いへの思いが巡る。
以前、仲間と「恋は何色か」という話をした。ショッキングピンクという人がいれば、マーブル模様やロウソクの明かりの上の方という人もいた。私は「空のような色」だと答えた。そう、晴れ渡った空もあれば、雨もあり、夕焼けもあって、雲の多い空もある。日々、同じいろではなく、めぐりめぐる、移り変わる。あの時は考えて考えて言ったけど、やっぱりそうなんだと思うこの頃。今日は穏やかな空。低い冬の空は心を穏やかにしてくれる。
2012.1.17.tue 「雲の多い空」
晴れ。どの空を見ても青。好きな色だと思って深呼吸。
友人が恋をしていて、何やら楽しい時期らしい。そんなメールに嬉しくも思うが、ちょっとうらやましくもなる。自分にとってのそんな時期は、主人と付き合って二年目ぐらいだったというと、じゃ今はどんな時期なのだという問い。なかなか考えることのない質問に悩んでしまう。そして、「晴れてる訳でもなく、雨でもなく、雲の多い空のような」そんな大切な時期だと答えた。はっきり言葉にできないのだけど、彼女には伝わったみたいだった。
仕事の帰りにピンクのガーベラを買った。今日、阪神淡路大震災から17年を迎える。そして、うちのおばあちゃの命日。家に帰って二本の花が入ったガラスの花器にいけようと思う。
2012.1.16.mon 「現状維持」
グレーの雲が広がる朝、事故で電車が遅れてダイヤがみだれ、なかなか京都にたどりつかない。どうすることも出来ないから、焦らずただ揺られる。とにかく着いてからが体力勝負、走ることを覚悟。それをウクレレ仲間にメールで伝えると、こけないようにと心配してくれる。
三条につてから会社まで休まず走り、なんとか間に合った。そして仲間に返事をする。「転ばず、顔は現状維持です」。おそらく、鼻血にあごひげの愉快な顔のことを思い出していただろうから。
家に帰って、ひとりご飯の後にウクレレの練習。歌いながら弾くというのは楽しい。みんなで出来たら、もっと楽しくなるのだろう。でも、岡山の朗読会がもうすぐだから、しばらくは、そちらに気持ちを注がねば。試験前のテスト勉強みたいに、違うことに気がいってしまう。集中力のないあの頃の自分を思い出す。あんまり変わっていないということ。
2012.1.15.sun 「ぐるり、いつもの顔ぶれが」
曇り。低く広がる灰色の冬の空。肩の力を抜いていいんだよって、優しく包み込んでくれる。
仕事の後に星ヶ丘へ。いつものお店に集まって、大好きな方を囲んでご飯を食べようとのこと。遅れていくと店は貸し切り状態。いつもの顔ぶれが、いっぺんに挨拶してくれるから、頭いっぱい、お腹いっぱい、贅沢過ぎて目がまわりそう。でも時間が経って落ち着いてくると、あっちを見ても、こっちを見ても、気の知れた人でほっとする。家族のような仲間に囲まれるというのは幸だなとつくづく感じる。いつもながらの、あったかくて優しい時間を過ごさせていただいた。みんなの笑顔を見るだけで、今年もいい年になりそうな気がする。みなさん、ありがとう。今年もどうぞよろしくお願いいたします。
2012.1.14.sat 「新年会の懇親会」
曇り。
お昼前に出かけたら余裕よ。なんて思っていたら、昨日準備した荷物に急遽追加があり大慌て。出かけてから携帯電話を忘れたことに気がつき、また慌てて駅から家に戻る。なんとまぁ、バタバタな一日のはじり。今日はウクレレの仲間と新年会と打ち合わせの日。3月の発表会に向けての懇親会と言ったところ。
秋から冬にかけてのウクレレ レッスン期間には練習がしっかりできてなくて、言い訳だらけで頭から湯気がでて終了した。発表会に出るなんて、とんでもないとも思った。一度ギターを習って、全く弾けないままやめてしまったことが気持ちのどっかにひっかかっている。今回も、みんなと一緒のようにできなくて、ついていけなくて、「やっぱり、また駄目だ」そう考える自分が嫌だった。だから、悪い状況を前向きに考えようと気持ちの方向転換を試みる。弾きたい曲を選んでみよう、やりたいことを提案しよう、ひとりではなく仲間とすることを楽しもう。上手い下手ではなく、気持ちを注ぐことで楽しいと感じることが出来れば、ウクレレや仲間との出会いの意味が強くなるはず。今を楽しみたい。だからこそ、自分が考えたことをウクレレを通して出会った人たちに思い切って伝えた。どうして、この曲を選んだのかと、この曲に込めたい思いを。
新年会の懇親会は昼ご飯から夜ご飯まで続いた。ウクレレを通して、また大切なものをいただいてしまった気がする。手の平に降りてきた出会いの糸を、ふわりと包みこむことからはじめたい。
皆それぞれに日々あらゆることと向き合っている。これから練習する曲が私たちのテーマソングになるといい。笑いたいときにも、泣きたいときにも口ずさみ、ひとりではないことを感じる唄になるといいなと思う。そんなことを一緒に感じることができる仲間との出会いに心から感謝したい。心から、そう思うことができる濃厚な時間を過ごした。
2012.1.13.fri 「会いたい人を思って」
いい天気。冷たい冬の空気が好きなことを思い出す。
恋をしているのか、していないのか、でもやっぱり恋をしているのかもしれないと、自分自身の気持ちがまだわからない女性に、私の信念の言葉「勇気をもつこと、自信をもつこと、臆病にならぬこと」を伝えた。そう、それは彼女にではなく、私自身にも響く。自分の心に正直に生きていきたい。時間をかけてもでも、そうしていきたい。そんなことを考える。
夜に作品とファイルと本を梱包。岡山のピエニで朗読会までの数日、作品を展示していただけるということ。451ブックスのユキさんとピエニのヒデミさんのお心遣いが嬉しい。一日に昼と夜の二回、朗読会を行うのは初めてで「九月の朝顔」の本をベースに別々の内容でしたいなと考えている。まずは、主催してくださる方、場所をかしてくださる方、そして私自身が楽しい時間を過ごせるような内容にしたいと考えている。その“楽しい”は、きっと来てくださる方に伝わり、広がり、膨らむのだと思っている。会いたい人を思って、心地好い時間のイメージをあたためていこうと思う。
2012.1.12.thu 「二通のメール」
今日は寒い日になりそうだという。駅のホームから見上げる朝の空は、雲ひとつない青空。どこまでも澄んでいて気持ちいい。しんと冷えた風を吸い込むと体の中が洗われるよう。
昨日の夜にパソコンを開くと二通のメール。ひとつは『ボタンとリボン』の「雨の唄」を以前に読み、また最近に読みなおしてくれた方から。永井さんのおかげで本に載せていただいた。だから、たくさんの方に自分の言葉を読んでいただけることがありがたく、心から感謝している。そして勇気を出して連絡をくださったその方にもありがとうを伝えたい。
もうひとつは高校の同級生から。最近は年賀状のやり取りだけになっているが、本を送ってほしいというメールをくれた。私の日記のメッセージが届いたようで嬉しかった。そして、今年最初のご注文。早速、明日に出来たての本を送ります。ありがとね。
2012.1.11.wed 「繕いの便り展」
晴れ。朝は少しあたたかい気がする。
今年は年末ギリギリになりながらも年賀状を出した。これまで一人の時にはできなかったけど、ブックロアとしての感謝のお伝えやご挨拶も兼ねてで、去年は寒中見舞い、今年は年賀状をお届けする。皆様、思わぬ人からの賀状を受け取ったからか、7日を過ぎてから続々と返事が届く。それでも、郵便箱をのぞくと手紙が届いているのがうれしくて、二人で葉書を見るのが楽しみなこの頃。そして、郵便箱を作って頂いてよかったと改めて思う。
会って時間が経っていても、住む場所が離れていてなかなか会えなくても、手紙や葉書を通して繋がっていることがありがたいと感じる。携帯電話やパソコンのメールで手軽に連絡ができるこの頃だから、切手を貼って送る行為を省いてしまっていたけど、気持ちのひと匙を加えた行為の大切さを改めて実感するこの頃。
葉書といえば、今日からSEWING GALLERYで「繕いの便り展」が始まる。これで10回目となる企画展。作品と言うと気負いしてしまうが、葉書だと気楽に作ってみようかなと思える。誰でもが物をつくることが出来るということを実証するような展覧会。つまり、SEWING GALLERYの根っこのような展示。誰かを思って、星ヶ丘に行ってみてください。和やかで、優しい時間が流れていることと思います。
夜はぐっと気温が下がり、雨も雪にかわりそう。寒くて早く帰りたいけど、ちょっと寄り道をして花を買う。今月はオレンジ色の花、サンダーソニア。来月は白いあの花にしよう。大切な人を思って花を買うことで、気持ちが笑顔の春に歩み寄るのを感じる。
2012.1.10.tue 「動き出すぞ」
晴れ。
岡山の朗読会も、もうすぐ。451ブックスのユキさんが丁寧に対応してくださるので、とてもありがたい。そして、これまでお世話になった方々を思う。皆さまに本当によくして下さったことを心から感謝している。この感謝の気持ちは続けることであらわしていきたい。地に足をつけて歩いていく自分自身で伝えていきたい。
今日は朗読会等の作業をいろいろしようと思いつつ、我が本の表紙作りの仕上げ作業をする。やっと全部の工程を一人で出来るようになったから、人に頼らずいつでもできる。とは言っても、みなさんに助けてもらっているのだけど。作業をしていると、もう少し、あと少し、この区切りまで、でも最後までと、編物みたいなもんで、やり始めると切りがなく日が暮れるまでしていた。今にドーンと動き出すぞ、なんて自分に言い聞かせながら。そんな訳ないやんと、自分につっこみながら。
とりあえず21冊完成で、次の30枚の表紙の紙を折りはじめる。とにかく、出来るときにしておかなければ。
2012.1.9.mon 「満月の夜に」
曇り。体が重くて起きずらい朝。たまにあることだから心配することはないが、今日一日を乗り越えなければと、いつも以上に気合いが必要。
連休の最終日も職場はにぎわう。外に出ると夜空にまんまるな月。空気が澄んでいるから輝きも一際きれい。どこを歩くにも月が見えるから、見られているようにも感じる。お月様、お月様、みんなを眺めて何を思っているんですか?私が何を思っているか知っているんですか?そんなことを目でうったえてみる。
寝る前に小さなストーブにあたりながら呟く。「勇気をもつこと、自信をもつこと、臆病にならぬこと」。今年もこの言葉を信念にしよう。
2012.1.8.sun 「ぼちぼちと」
晴れ。気持ちの好い冬の朝。
昨日の夜、SEWING GALLERYで行う企画展「繕いの便り展」 の葉書をつくった。ここ2年は参加することが出来ず、今年は久々。展示用に1枚、後は販売分として2枚以上つくることになっている。ということで、まず2枚だけ制作。いつもながら書き初めのような葉書。
今日の夜は、我が本の制作。年末に可愛いふたりの奥さんが手伝いに来てくださった。お力を借りておいて、途中のままにしていてはいけない。久々に作業をしているから、注文が来たのかと聞かれるが、注文の連絡は全くない。でも待っているから、何もこないのだと考えた。もしかしたら、気持ちだけでも前に進めば、何かに近づけるんじゃないかと。つまり、完成本がいくつかあれば、自然と注文もくるかもしれない。自らが風になり、水になり、光になり、土となるべきなのだと、なんとも雄大なことを考えながらボンドを塗って、ちまちまと紙をはる。一応、明日には21冊完成の予定。というより、出来ることをイメージする。
本が気になる皆様へ、このホームページの“便り”をクリックしていただくと、私ハタオ宛てにメールを送ることができます。明日以降でしたらメール便にてすぐにお送りすることができます。お手元に届いてから本の代金をお振り込み頂く形となります。私へのお年玉だと思って、ぜひご連絡くださいませ。
なんて、呟いてみたり。まぁ、ぼちぼちいこう。
2012.1.7.sat 「家族に感謝」
晴れ。今日は我が実家に夫婦ふたりで挨拶に行く。彼の実家は角餅のお吸い物のお雑煮で、私の家は丸餅の白味噌。一度、それを味わって欲しくて、前から母に頼んでいた。鍋をのぞくと、いつも小さく刻んだ蒲鉾が入っているのに、今日は大きな渦のあるナルトが浮いている。「なんで?いつもと、ちゃうやん」と言うと「かっこつけてみてん」とニヤっと笑う。誰かを思ってのユーモアのエッセンスが母らしい。お昼をいただいてから、もうひとつお願いしていたことをしはじめる。昔、父や母が撮ってくれた8ミリカメラの映像を残しておきたいから、映写機を持って帰って映像を撮影したかった。しかし、映写機は思うように動かず、半日がかりで父がいじったけど、動きが悪いながらも数分の一本だけをなんとか見て終わった。機械にとっても40年は、とてつもない長さなんだと思う。見られないと思うと余計にフィルムの記録を別の形にしておきたいという気持ちが高まる。自分だけの記憶だけではなく、彼にも観てもらいたいから。
一日だけだったけど実家でゆっくりできた。家族に感謝。みんなに感謝。
2012.1.6.fri 「人間らしく」
晴れ。ギリギリになってしまい走って駅に向かってる途中に、ふと思う「財布持ってたっけ」。鞄を見ても、やはりない。また走って家に戻り、2階に駆け上がり家をまた飛び出して、走って駅に向かう。そんな一日のはじまり。
連休前のためか、お客様は多く喫茶は賑わう。平日モードで考えていたら、とんでもない。ぐるぐる、ぐるぐる動いていたら体もほこほこ熱くなる。仕事が終わって「疲れた」と呟いた。と言うより、ぽろっと声になって出た。そしたら、一緒に働いていた人が「ハタオさんが人間らしいことを言って安心した」と言って笑う。そう、私は職場でそういうことを言わないみたい。暑い、寒い、痛い、しんどい、なんやらかんやら心配かけるようなことは言わないかもしれない。だから、今日は人間らしかったようで。というより、本当に心身共に疲れたからこぼれたわけで。休みあけで、体や気持ちが鈍っているのかもしれない。しっかりせねば。よし。
2012.1.5.thu 「豆を煮る」
晴れ。久々に家で過ごす休み。
年末に時間がなかったので、新年はあけているが毎年恒例の黒豆を煮る。今年は550グラムの豆を300グラムの黒糖とてんさい糖のミックスで煮ることにする。素材の味をいかしたいので、いつもレシピより砂糖を控えめにする。おせち料理のためではなく、時間をかけて黒豆を煮るというのが好きで、おばあちゃんがいる頃から実家に黒豆を持っていくようになった。母はもちろん、甘いものを食べない父も食べてくれるのがうれしくて、最近はいっぺんにたくさん作るようにしている。
前の日に汁を作って豆を漬け込み、次の日にコトコト煮ること6時間。食べ頃は次の日か次の次の日くらいから。汁が少しとろっとしてくるぐらいに優しい甘さが出てくる。そして、私だけの特別は鉄は鉄でも、釘ではないものを入れる。錠前の工場で生まれ育った娘ですから、と言って鍵ではないが、家族を繋いだあるものを一緒に煮込む。美味しいものは気持ちで味わう。それなら心のエッセンスも必要ということで。
煮てすぐには、どんな味に出来たかはわからない。さて、今回はどうでしょう。レシピはあってないようなもので、毎回適当に甘さを控えるので、父や母や主人の口に合うといいのだけど。
夜に家の人が昔に撮ったビデオの整理。とある男女が屈託なく笑っている。そう付き合い始めて二年か三年くらいの自分たち。今は今だから、あの頃がどうだとは思わないが、自分に関しては彼の前で、いつまでもかわいい女であるべきだと思った。同じくしゃくしゃ頭でも、今の自分となんか違う。なんなんだろう。若さだけではないよなと、いろんなことを考える。
2012.1.4.wed 「共に歩く」
晴れ。少し雲は多め。風は冷たい。これは大阪の朝の天気。私が住む町の駅のホームから見た空。
そう今日は4日。「いつも」ではない時間の中にいたようで、「いつも」に戻ってくると早送りの時空を歩いていたように感じる。それでも一年の境目の時間だから特別であって、気持ちの切替や更なる決意等をするには最適な時期。それはわかっているのだけど、私は何をすべきだったのかなと年末に考えていたことを思い出すことから始める。とにかく時間は待ってはくれない。共に歩きださなければ。
まず、することがある。食べ過ぎのぽっこりお腹をもとに戻すこと。腹筋かウォーキングか階段一段飛ばしか。それこそ3日坊主にならず続けることが結果に繋がる。
京都は雪。年末年始は関西も暖かかったらしい。
2012.1.3.tue 「いつもに向かう」
横須賀から大阪に帰る。明日から仕事。気持ちを入れ換えて、がんばらなければ。
本年の目標は昨年に引き続き「健康」。しかし、パワーアップして「家族皆、健康」としよう。家族と言っても、旦那と私だけなのだが、まずはそこから。食材の恵みを知って基本的な料理をする時間を自分のために作っていきたい。そんなことが、この二年出来なかったのだから、なかなか難しいこともわかっている。でも、何でも続く時間の中で出来るようになると信じたい。ひとりで暮らし始めた山のふもとのワンルームマンションも、隙間だらけの京都の町家も、三年目からは肩の力を抜いて自分のペースで生活ができるようになった。気が抜けすぎて、だらだらになったというのもあるが。
結婚してすぐ、新しい時間の流れに体や気持ちがついていくことができなかった一年目、人のことばかりが気になって自分らしさを出すことができなかった二年目。三年目こそは出来たことを記したい。
そんなことを思いつつ、新幹線は2013年の「いつも」に向かう。
2012.1.2.mon 「笑顔を胸に、心豊かに」
ここのところ晴れ続き。こちらはあたたかいなと思っているけど、ずっと家にいるからなのかもしれない。関西の方が寒いのは確か。というより、うちの家があたたまりにくいという理由もひとつ。それでも、体調を崩さずに暮らしているのだから、寒くても暑くても、なんとかなるということ。今年も「less is more」で、日々の笑顔を胸に、心豊かに暮らしていきたい。そんなことを思う今日このごろ。
2012.1.1.sun 「今日から2012年」
2012年、平成24年、明けましておめでとうございます。主人の実家で迎える二回目のお正月。とてもいい天気。我が姪っ子ちゃんも元気いっぱい。
畑尾和美 個展
2012.06.27.wed - 07.08.sun |
詩画集『 九月の朝顔 』を出版いたしました
畑尾和美の本のご購入は、こちらへどうぞ。
□ 詩画集『九月の朝顔』はBOOKLORE のホームページhttp://booklorebooks.net より、ご注文いただけます。 |
畑尾和美 朗読会 『 九月の朝顔 』
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「九月の朝顔」と題して、日々の暮らし、人との出会い、日常の小さな出来事を2007年より綴っています。今後も朗読というかたちで温度のある言葉を伝えて行きたいと考えています。興味をお持ちの方は気軽にご参加ください。 |
『 Fantastic Something 』
(ISBN978-4-9903667-0-4 C0095 ) ¥1575- (税込み)編集/中島恵雄 装幀/梅田唯史
表紙文字/畑尾和美
私にとって、ものづくりのきっかけとなった小冊子“Fantastic Something”が BOOKLORE(ブックロア) より一冊の本となって発売されました。 ぜひ、たくさんの方に手にとって読んで頂きたいです。
書店でもご注文頂けます。SEWING GALLERYやbeyerでも販売。取り扱って頂けるお店も募集しております。
詳しくはブックロアのホームページ http://booklorebooks.net/をご覧下さい。
“村椿菜文 朗読会 at beyer 2009.03.27”
菜文さんと一緒に朗読しています。
どうぞ、動画でご覧下さい。 |
Marguerite Press
冊子『マーガレット プレス』の マーガレット web、marguerite diaryに“番茶日記”として、日々の身近なことがらを綴ります。 |
BUTTONS AND BOWS VOL.3WINDCHIME BOOKSより、詩の雑誌『ボタンとリボン』の3冊目発売されました。今回、マリンガールズのインタビューを掲載して頂いています。ぜひ、どこかで見かけたら手にとってめくってみてください。 |
BUTTONS AND BOWS VOL.2 - 笑顔の順番 -永井宏さん監修の詩の雑誌『ボタンとリボン』の二冊目に詩を掲載して頂きました。詳しくはwindchime booksのホームページを御覧下さい。 |
![]() 『ボタンとリボン』[BUTTONS AND BOWS] |
畑尾和美 冊子 取り扱い店
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BOOKLORE ブックフェア
2011.10.02 - 11.30 |
個展「 九月の朝顔 」
糸で描き、言葉を綴る展覧会 |
「 九月の朝顔 -声の本- 」
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心文展 朗読会『 声にのせて 』
心を綴る |
「ひとつの朝に咲く花から −九月の朝顔−」
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「ぽかんと、みあげて」![]() 糸で描き、言葉を綴る展覧会 |
marine girls poetry reading LIVE8/2 sun 18:30 start |
hinatabocco cafe 展2009.06.30- 07.05 |
「笑顔ひとつ - 九月の朝顔 - 」
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「 のこしたいもの 」
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「左手も添えて」
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la voix du vent・fantastic something poetry reading live2008.09.21.sun 15:00 start |
swimy 協同公募企画展 「おんさ」
2008.07.30 - 08.10 |
- 九月の朝顔 -
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いちりん、にりん - 九月の朝顔 -![]()
2008年7月1日〜7月13日
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marine girls poetry reading live at RUSTIC HOUSE日時:2008年6月22日(日) 19:30 start |
九月の朝顔言葉と糸で暮らしを描いた作品展 2008年2月22日〜3月6日 |
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9つの机 展
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![]() Fantastic Something 表紙原画展 in 松江2001年より北堀江のシャムアで発行している小冊子「Fantastic Something」。 その冊子には、もの書きを生業にしていない人達の詩や散文が収められています。 9月2日にFantastic Somethingをまとめた本がBOOKLOREより発売されました。 その発売を記念して、Fantastic Something初刊より表紙画を制作し続けている畑尾和美の表紙原画展をミリバールギャラリーに引き続き松江のsouka ギャラリーにて開催します。 |
![]() Fantastic Something 表紙原画展2001年より北堀江のシャムアで発行している小冊子「Fantastic Something」。 その冊子には、もの書きを生業にしていない人達の詩や散文が収められています。 9月2日にFantastic Somethingをまとめた本がBOOKLOREより発売されます。 その発売を記念して、Fantastic Something初刊より表紙画を制作し続けている畑尾和美の表紙原画展をミリバールギャラリーにて開催します。 畑尾和美は身近のものを使い毎回冊子のテーマに沿った表紙を制作しています。彼女の制作活動はこの表紙画がきっかけではじまり、今では各地で個展を開催するようになりました。そんな彼女の作家活動の原点から現在までの流れを見てとることのできる作品展です。 |
fantastic somethingfantastic something出版記念 |
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雨の唄2007.6.26.tue - 7.8.sun 11:00-18:00 |
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糸で描き、言葉を綴る展覧会
日々の事柄を、
日々の小さな事柄と繋がりを綴る作品展

SEWING GALLERYは2007年11月19日に5周年を迎えます。それに合わせて、ソーイングギャラリースタッフ9人が集まったグループ展「9つの机」を開催します。ギャラリー内には9つの机が置かれ、その机でスタッフそれぞれが自らの表現発表を行ないます。


